3-1 イメチェン成功
「わ、タケトどうしたのその頭?!」
教室に入るなり、実羚がわざわざ駆け寄ってきてくれた。
同じ言葉を教室に来るまでなんども耳にしていたが、やっぱ彼女からかけられる言葉は違って聞こえる。
俺は軽く首を傾けて髪を摘まみながら、恥ずかしさを気取られないように聞いてみた。
「ちょっとイメチェンしてみたんだ。……似合う?」
「すっごく似合ってるよ! なんか、タケトって感じ!」
どういう感じなのだかいまいちよく分からないが、彼女からの評価が高ければそれで満足だ。迷ってこの色にしたかいがあった。
「どうしたの? 突然」
「別に。前からイメチェンしてみたかったからさ」
席に着くなり、隣に座る笹生にも問いかけられる。
区役所の奴らに見つからないよう、変装を兼ねたイメチェンだが。もともといつか髪を染めたいと思っていたので、好都合だった。
金色と言うより、オレンジに近い髪色。いままで真っ黒だったので、その差が大きく感じられる。
色を抜いてから続けて染めたので、ちょっと頭皮へのダメージが心配だが。自分で染めた割にはうまくできた。今朝なんかしばらく鏡の前で見とれてしまったぐらいだ。
「健人、おまえどうしたんだよその頭」
「もうそのセリフ何回も聞いたよ、以下同文」
「俺は聞いてないからちゃんと説明しろって!」
別の奴に聞け、と乱暴にあしらう。男子だけでなく女子まで「どーしたのー?」と問いかけてくるから、いちいち説明が面倒くさかった。それだけ印象に残る変化なのだろう。変装効果は高そうだ。
ワイワイとクラスメイトに囲まれながら話していると、輪に割り込むようにしてシオンが現れる。
そして組んだ腕を苛立たしげに指先でたたきながら、「説明しろ」と短く命令してきた。またなんか面倒くさいのが来た。
「だぁーから、イメチェンだって。前から明るくしたいなーと思ってたから、思い切ってオレンジにしてみたの!」
「俺になにも相談せずにか」
なんで相談が必要なんだよ。髪の色くらい自分で決めさせろっての。
「健人、前から髪の色明るくしたいって言っていたものね」
「ああ……って、笹生に話したことあったっけ?」
覚えがなく問い返せば、「さぁ?」としらばっくれてみせる。なんだよ、気になるじゃんか。笹生の前で話した覚えないんだけど。
担任が教室に入ってくると、俺の周りを取り囲んでいた奴らが一斉に席へと戻る。
何人かはなおもチラチラとこちらを眺めていて。しばらくはこの話題でからかわれそうだ。
出席の点呼を面倒くさがった担任が、いる人でなく居ない生徒を確認して日誌を記入する。
教室を見渡す視線が、一度通り過ぎたのにまた俺のほうへと戻され、目が合った。
「双木、どうしたその頭」
「ちょっと、先生まで同じこと聞かないでくださいよー! イメチェンですって。校則OKでしょ?」
先生にまで突っ込まれて、調子よく返答をする。今日は一日こんなやりとりが続きそうだ。
「問題はないが、目につくなぁ~。国語の時間に当てやすそうだ」
「うそでしょ?!」
担任の横暴さに、クラスからドッと笑いが上がる。そんな理由で当てられるなんて、たまったもんじゃないんだけど!
横暴だ~! と抗議したおかげか、国語の授業で担任に当てられることはなかったが。
他の先生たちも同じ感想を抱いたのだろう。今日はやたらと当てられる回数が多かった。よく話す、気さくな先生の授業が多かったってのもあるだろうけれど。思いきったイメチェンはほどほどにしておこうと心に決める。
長かった四時間目の授業を終え、昼のチャイムが鳴る。
俺はチャイムと同時に購買へ走り、無事昼飯ゲットに成功した。
クラスが購買に近い位置にあってよかった。少しでも出遅れると生徒でごった返し、最悪飯抜きになるかもしれないからだ。学食もあるが、あそこの量は小食の自分にとってはつらい。
いつもはコンビニ飯だが、変じゃないかなーと鏡の前でにらめっこをしていたら、コンビニに寄る時間がなくなってしまった。購買の中でも特にお気に入りのメニューが買えたので、ホクホクしながら教室へと戻る。
飛び出してくる女子を避けながら入り口をくぐると、シオンがこっちへこい、と犬猫でも呼ぶかのように指先で俺に向かって指示をしてきた。
その態度に面倒くせぇなぁという感情を隠さず、だらだらと近寄る。
「なにがあった? 下らん理由でも笑わずに聞いてやるから、話せ」
「イメチェンだって言ってるだろ。くだらねぇ理由ってなんだよ」
あまりにもぶしつけな言い方にちょっと苛立ちながら答える。
くだらなくなんてねぇ、こっちは命がかかってるんだっての。シオンにそのことを伝える気はないが。
なにをそんなにこだわっているのか、納得せずしきりに理由を問いただそうとする。
どうやってごまかすか思考を巡らし始めた頃。松岡くん、と後ろからクラスメイトが呼びかけてきた。
そういえば放課後に控えた委員会準備のため、一緒に昼を取るのだと言っていた。最近は俺と一緒に食うことが多かったが、別に約束しているわけでもない。かったるそうにため息をつくシオンをこれ幸いに手を振って送り出す。
――さて、一緒に飯を食う相手もいなくなったことだし。
手を下ろすと、浮かべていた笑みをふっと消す。
そして教室をぐるりと見回し、一点に目をとめた。
……居た。自分の席で黙々と弁当を食っている。
「西牧くん、昼一緒してもいいかな?」
とびきりの笑顔を浮かべ、声をかける。俺が彼と話す回数はこれを入れても片手で足りるだろう。
案の定西牧が不審そうな顔をして見上げてくる。
俺はますます笑みを深めて、購買の袋をカサリと鳴らした。
「俺ひとりで飯食うの嫌なタイプで。今日一日だけでいいから付き合ってよ」
シオンもめんどくせぇし、ちょうどいい機会だ。
本当に魔法力が高くて、能力を隠しているのか。少し探りを入れてやろーじゃん。