2-5 年上の友人
「ひととおり説明は済んだな。状況を整理するぞ」
飲み物の追加注文をしてから、おっさんが切り出す。
「おまえの話の通りだと、結城峠と桶広の事故は人為的に起こされた。その犯人は部長と、背の高い男。そうだな?」
「うん。俺がロッカーに隠れてたときに、目の前で話してたふたり」
扉を隔てていても声がしっかりと聞こえていた。あのとき見かけたふたりで間違いない。
「そのふたりが黒として……病院も黒だな。事故の生き残りを収容し、殺している」
「バス会社は関係ないっぽい。運転手のみ、送り込まれてるみたいだった」
判明した敵を整理していく。
区役所の部長と背の高い男、病院、バスの運転手。
区役所内にあと何人仲間がいるかは分からなかった。あの部長が俺のことを「備品盗難を図った悪ガキ」として一般職員にも捜索させたからだ。半分本当かと思っていたと青柳さんに言われ、酷い濡れ衣に憤慨する。
「連続殺人どうこうより平和で信憑性あるだろ? いまはそんなこと思ってないから怒るなって。あと『社長』と呼ばれる人物がいたな」
「それと、工場って言ってた。なんの工場かは分からないけど、俺を見つけたら工場に引き渡すって。それと、魔法使いの『御曹司』」
揚げパスタを口に向かって突きつけられたので、パキンと音を立てて噛み折ってやる。あ、意外とうまい。
齧歯類のようにパスタを前歯で噛み砕いていると、青柳さんは背もたれに体を預けて腕を組み、空を仰いだ。
「組織ぐるみの犯行じゃねぇか。こりゃ検挙するにも相当骨が折れるぞ」
「おまわりさんに『コイツが犯人です』って言って、調べてもらうのは?」
「バァーカ、証拠がねぇ。おまえ録音とかしてねぇだろ? そもそも、桶広と結城峠は事故の扱いだからな」
警察が事件と認識していないのに殺人犯扱いしたら、下手すりゃこっちが名誉毀損で訴えられる、と額を手で覆う。
ましてやおっさんの直属の上司だし。工場や社長って言うからには、どこかの会社も関与してそうだ。
会社や病院相手に下手なことを言ったら、それこそ営業妨害で賠償金を食らってしまう。
事件と認識していない、という言葉を受けて、SNSで敵討ちに燃えていた人のことを思い出した。
「葉野町で焼身自殺に見せかけて殺された件は? 友達の人、警察に相談するって言ってたから、事件として扱ってくれてるかも」
証拠の写真もあるし、と露出を調整した写真を携帯に表示させる。これなら病院の人の顔がばっちり写っているし。区役所もグルだと話を持って行きやすい。
「送られた写真にそいつが写っていたって言っても、殺した証拠にはならねぇし。警察が動いてくれるか微妙だな……それより、そいつ早まったマネしてねぇだろうな?」
「いまのとこ毎日病院に対して文句言ってるだけだよ。言葉汚いし話が飛びまくってるから、いまいち信憑性がないけど……あれ?」
その投稿を見せてやろうとして、異変に気づいた。
いつ働いているんだと問いたくなるほど、頻繁に暴言を吐いていたのに。
――昨日の昼ぐらいから、ぱったりと投稿が途絶えていた。
ぞわりと。全身に鳥肌が立つ。
俺の様子を見て、青柳さんが身を乗り出して問いかけてきた。
「生きてんのか?」
「わっかんない……たまたま投稿してないだけかもしれないし……生きてますかーって話しかけてみる?」
「やめとけ。もし本当に殺されて端末奪われてたら次のターゲットはおまえだぞ」
「次のターゲットだなんて、そんな……」
そんなことしなくても。昨日の時点で、十分ターゲットになっているんじゃないか?
軽く笑い飛ばそうとした言葉は喉につかえて出てこなかった。
口元を引きつらせていると、真剣な声色で青柳さんが確認してくる。
「身元はバレていないんだな? 顔は?」
「身バレはしてないと思うけど、顔は……見られたと思う」
一瞬だが、追われていたときに俺を発見した男と目が合った。遠目で一瞬だから、似顔絵を描かれるほど覚えられてはいないと思うが。
そのとき着ていた服は処分した。ちょっともったいないなと思ったが、服からたどられて殺されたんじゃ、たまったもんじゃない。
「しばらく区役所には近づくな。変装も……できたらいいんだが、学生じゃ難しいよな」
「イメチェンするよ。前から髪染めてみたかったし」
「染めても大丈夫なのかよ、一年坊主」
「言い忘れてたけど二年だから。うちのがっこ、校則緩いし」
校則で縛られていないので、クラスでも意外と染めている奴は多い。シオンも生まれつき金髪だし。あれだけ悪目立ちする人間が近くに居れば、多少奇抜な色に染めても目立たないだろう。
「一応、俺のほうから信頼できる警察官に話しておくが……期待すんなよ? さっきも言ったが、証拠がねぇ」
警察に知り合いいるんだ、と素直に驚きをあらわにすれば、「区役所もいろいろあるからな」と苦い表情で答えられる。
誰でも侵入できる区役所は、たまに頭おかしいとしか言えないような人も来るからな。安定した職業ではあるものの、いろいろと大変そうだ。
追加のビールが運ばれてくる。店員がテーブルから離れるまでの間、彼は無言のまま手付かずになっていた揚げチーズに手を伸ばした。
口に入れた揚げチーズは俺のにらんだとおり、中身がなく衣だけだったらしい。怪訝そうに顔がゆがむ。ナイスジャッジ俺。
残るひとつも半分に割るが中身がなかった。ひでぇな、と顔をしかめたが店員さんに文句をいうこともなく。おとなしく揚げ衣を口に放り込む。
店員さんの姿が見えなくなってから、俺も話を再開した。
「そういえば背の高いほうが、殺したい人たちを一カ所に集めて大事故を起こすって言ってた。警察の人にその現場押さえてもらえないかな?」
「その事故が事前に分かればな。部長がなにかたくらんでねぇか、見張りはするが……」
歯切れ悪く話を終えると、青柳さんはビールを一息に飲み干した。ふう、と重いため息をつき、ガリガリと頭を掻きながら呻くように言葉を発する。
「とんでもない事件に巻き込まれた気分だぜ……おまえ、本当は部長の言ってた通りただの泥棒小僧で。俺たちを困らせるためにうそついてるとかってねぇ?」
「その部長って人に俺をつきだしてもいいよ。それで殺されたらおっさんのこと一生呪って夢枕に立ってやるから」
「しねぇよ、信用してる。だからこそ先が思いやられるんだよな……」
絶対に区役所に近づくなよ? ともう一度念を押してくる。心配はしてくれてるみたいだ。
「とりあえず俺のほうでもう少し調べて、なにかあったら連絡する。おまえはもう動くなよ? おとなしく身を隠してろ」
一度怖い目に遭った分、これ以上首を突っ込もうとは思わなかったのでおとなしく首を縦に振る。葉野町の友人がどうなったか観察し続けるのと、病院に不審な点がないかネットで調べるくらいは許容範囲だろう。
「おっさんも区役所勤めなんだし、気をつけてよ?」
「誰にもの言ってんだ、ガキんちょ」
はっ、と鼻で笑い飛ばされた。心配してやってんのに、腹立つ。
「そろそろ出るか。家まで送ってってやろうか?」
「近いから大丈夫……あ、やっぱり駅まで買い物付き合って。補導されたくないし」
夜までやっている繁華街は、近くに風俗店が多くおまわりさんがうろうろしていた。たぶん大丈夫だろうが、念のためだ。ついてきてくれるなら心強い。
店を出て、駅のほうへと向かう。途中で交わされる会話はやっぱり、軽快で楽しかった。
タメ口を許してくれたこともあって、気心の知れた友人のようにじゃれ合う。
向こうは酒が入っているというのもあるのだろうけれど、大人げなく俺のことをからかってきて。くだらない言い合いを重ねながら薬局に寄ってもらい、髪染め剤を買った。帰ったら早速風呂場でイメチェンだ。
ゲーセンの前に置かれた人形が変な服を着ていたので、ふたりで馬鹿な会話を繰り広げる。
つい数分前まで交わしていた会話は命をかけた重い内容だったのに。ひどい落差だ。
いや、重い会話の後だからよけいになのかもしれない。
青柳さんと交わすくだらない会話が、とてつもなく楽しく感じた。
こんなに腹の底から笑ったのは、いつぐらいぶりだろう。笑いすぎてにじんだ涙を拭いながら、素直な感想を吐露する。
「すげー、なんか友達っぽい。超楽しい」
「こんなおっさんと戯れてて楽しいのかよ」
「楽しいよ。だって俺、友達居ないし」
つるりと口から出てしまい、慌てて口をつぐむ。しかし案の定、青柳さんは俺のことを哀れみのこもった目で見つめていた。
「いや、学校でみんなからハブられてるとか、そんなんじゃねぇよ? 普通にクラスメイトと話したり遊んだりするし。でも、こーやって困った時に相談したり、一緒に悩んでくれたりする人って居なかったからさ」
相談相手はもっぱら五つ年上の姉ちゃんだ。その他に悩みや愚痴をはき出せるような人間は居ない。
どうせ学年が変われば疎遠になるクラスメイト相手に、本気で心配して悩んでくれる人なんていないだろう。ちりりと、胸の奥が痛んだ気がするが、こぶしを握って気づかないふりをする。
「……俺も、仕事が忙しくて昔の友人とは疎遠になっちまったからな。気軽に連絡取れる友達ができてうれしいぜ」
友達、という単語に驚いて顔を上げた。
年の差だってあるし。こんな子どもに友人扱いされても困るだけかと思っていたから。
「困ったらいつでも連絡して来いよ。悩み相談くらいなら年中無休で乗るぜ」
ぽすん、と軽く頭をたたかれる。その手は優しくて、安心感さえ覚えてしまうほどで。じわりと。胸の辺りがなんだか熱くなった。
「おっさんも、悩み事があったらいつでも相談に乗るからね」
「はっ。言ってくれるな、ガキんちょ」
困った時は頼らせてもらう、と俺を追い抜きながら言う。
年の離れた友人に追いつくべく、俺は足を速めた。