ハイパー・スペース
薄暗いトンネルを、それはゆっくりと進んでいく。操縦桿を強く握り、唾を呑み込む。一定の間隔に備え付けられたパトライトが、回転し、点滅する。危険を告げる独特の警報が鳴り響き、それは台車ごと停止した。
『オートクレール、ポイントAにて待機』
通信が入り、管制官の声がコックピットに鳴り響く。正面にみえるのは分厚い、金属の閉ざされた扉だけ。それは左右に二つづつ、合計で五つのそれが備え付けられていた。
『オートクレール、4番ゲートポイントBへの侵入を開始する』
再び台車は動きだし、赤で4の数字が掛かれた扉へと向きを変える。ジェットコースターが初めの坂を上って行くような緊張に、無理やり別の事を考え力を抜こうとした。
『こちらジョワイユーズ。オートクレール、緊張しているのか?』
小ばかにした男性の声が耳に入る。取り付けられたヘッドセットを調節し、大きく息を吐いた。
「こちらオートクレール、緊張なんてしてません」
機体が大きく揺れ、台車が扉の前で停止する。オートクレールに続き、背後で別の機体が稼働しているのが感じられた。
コックピットには、最低限の灯りしか付いていない。触れなくとも感じられる鼓動を胸に、操縦桿を握りしめた。
『チームブレイダーズ、エンジンの始動を許可する』
目の前のモニターに表示されている輪郭だけの手形へと、そっと手を置いた。全ての灯りが一旦消えて暗くなったコックピット内は、すぐに、灯された灯りによって眩しく輝く。
『パイロットデータ認証、データチェック……』
『認識、グルジオナ軍所属、オリヴィエ伍長』
『起動許可、ロックを全て解除します』
次々と、モニターは切り替わる。細かな振動が、各機関を動作させている事をその身に感じさせていた。
『武装チェック……クリア』
『バイタルチェック……クリア』
『各種機関チェック……クリア』
みるみる画面はOKの二文字で埋め尽くされ、一瞬のうちに一番下の項目にもOKが表示された。
『オールクリア、発進を許可します』
正面のゲートは、警報音と共にゆっくりと開いていく。先ほどまで赤く表示されていた4の数字は緑色へと変色し、扉が完全に開き切る。
『オートクレール、ポイントCで待機』
台座が少し前進し、扉の中へと侵入する。ほんのりと体にかかる圧力が、停止したことを感じさせていた。
正面には、伸びるレールとコンクリートの白い壁。その黒い壁には、二本の金属の細い棒が付いている。その棒はゆっくりと開いて行き、真っ黒な空間が開かれていく。
『空間侵蝕率、現在40%』
巨大な金属のアームが、レールを走って迫ってくる。それはしっかりと機体を掴みあげ、固定した。正面のパネルを操作し、カタパルト出撃モードへと移行する。座席やモニターが動きだし、バイクを思わせるような極端な前傾姿勢へと変化した。
『空間侵蝕率、100%達成。各自、任意のタイミングで出撃せよ』
真っ黒な空間へとレールが伸びている。そこは一切の光が無く、だがそれでいて暗くは無い。
そっと目を瞑り、大きく息を吐く。そして正面をしっかりと見据えると、パネルに表示されていたGOを拳で叩きつけた。
『オートクレール出撃』
握る桿を押し込んで、一気に加速する。揺れは無い。圧倒的な加速の前に、体中の血液が偏るのが分かる。
数秒間の加速は終わり、黒い空間へと放り出される。上も下も、右も左もない空間。40秒間のフライト後、唐突に明るい空間へと突入した。
一面の銀世界。雪が厚く積もり、切り立った警告が眼下に広がっている。
『オートクレール、高度を下げろ。これよりチームブレイダーズ、当該目標の調査を行う。各員、高度2000以下を維持し、敵のレーダーに捕捉されないよう目標地点へと移動せよ』
渓谷の隙間へと飛び込み、先行していた味方と合流する。操作できるギリギリの速度を維持したまま、ぶつからないよう神経を張り巡らせていた。
『俺たちが抜けてきたハイパースペース・ゲートは、既に感知されているはずだ。一刻も早く離脱し、目標を達成する』
『衛星とデータリンクしGPSモードに切り替えろ。目標地点の座標を送信する』
片手でタッチパネルを操作し、GPSに切り替えた。周囲の地形が表示され、入り組んだ様子がはっきりと分かる。パネルが自動でズームアウトされ、ある地点に赤い逆三角が表示された。
『こちらデュランダル、10時の方向から敵機出現』
二つに分かれた渓谷の片側に、赤い点が7つ表示されている。その点は明らかにこちらへと向かってきていた。
『こちらジョワイユーズ、敵と遭遇する前に分岐を右へと進路を取る。どのみち最短ルートなんだ。急ぐぞ』
了解の掛け声と共に、更に加速する。操縦桿を握る手に、汗がにじみ出るのを感じていた。
『制宙権が完全にこちらにあって助かったな。ト―ベルクのやつらも衛星を持っていたら、俺たちの行動も筒抜けだ』
ほぼU時の急激なカーブを、若干こすらせながら曲がりきる。一気に開けた視界には、二つの川が合流する様子が見て取れた。
『肉眼では見えないな。右だ、行くぞ』
機体を傾け、右へと侵入する。下方向への強い圧力が、現在のスピードを物語っていた。
『全機付いてきているな』
「こちらオートクレール、問題ありません」
『間もなく目標区域へと到着する。わかっているな。今回の調査対象は、この地域にて異常なまでに頻繁に観測された、空間侵蝕の調査だ。衛星からでは問題が発見されなかった為に、地下基地に何があるのかを調べる』
谷に架かる鉄橋を潜り抜け、緩やかにカーブする。視界は開け、そこには巨大なすり鉢状の大地が広がっていた。
『こっちだ。ここに搬入路がある』
速度を徐々に落としていき、搬入路の前に着陸する。噴出していた青白いプラズマは、それに合わせて小さくなっていく。
『チームブレイダーズ、地下では、発電衛星からのテスラ送電が不十分なものとなる。各員、残量電力に留意せよ』
巡航モードから戦闘モードへと移行する。背中の翼は折りたたまれ、格納された。前傾姿勢だったシートも起き上がり、また、それに伴いパネルの位置も移動する。
『地下ならエネルギー切れがある以上、向こうとあまり変わらなくなるな』
「そのために火薬武器を多めにしたじゃないですか」
『まぁ、そうだな。残弾数には気を付けろよ』
共有されていた各武器と、機体とのエネルギー経路を遮断し独立させる。モニターに表示されていた残りの電力を示したゲージが、各武器ごとの物に切り替わった。
『行くぞ』
手にした銃を胸元に、ジョワイユーズは搬入路へと先行する。追って残りの四機も、中へと侵入した。
金属の床に響く足音。金属の足で、一定のリズムを刻みながら走り続ける。基地と言うだけあって、極めて丈夫な作りになっているようだ。
『気を付けろ。ト―ベルクには異常に高い精度で、ハイパースペースゲートの操作ができると聞いている。五年前のミッドウェー諸島での海上戦以降、急速に普及されたDプログラムによって、単騎での大気圏外脱出、大気圏突入が可能だと言われいてるな』
「それはつまり、ゲートが地中に出現するといった事故を起こすことなく、この地下基地に増援を送ることが可能であると言うことで?」
『そういう事、だ。更に言えば、Dプログラムによって制御される亜空間ブレード、亜空間シールドにも注意が必要だ。あらゆる攻撃を無効化し、どんな物体をも切断する。その上、切断された物体事態には、まるで切られていないのかのように正常に動作するらしい』
長い長い下り坂を下ってゆく。所々に設置された赤い回転灯が、不気味に沈黙していた。
『それだけ敵は、空間操作技術が発達している。まぁ、その代りこちらには、テスラ送電技術がある訳だがな。あっちは今でも、燃料を積んで戦っているって話だ』
坂を下り終え、資材用エレベータに足をつく。地上の光はほとんど届かず、暗闇の奥へと通路は続いていた。
『暗いな。レーザーレーダースキャンを開始する』
静まり返った空間を、目には見えない光がフラッシュする。完了した、の声の後、暗がりの奥の情報がモニターに表示された。
『ナイトビジョンに切り替えておけ。敵の存在は無かったが、いつ遭遇してもおかしくは無いからな』
指示通りナイトビジョンに切り替え、視界を確保する。これまででは見えなかった暗がりはほとんどなくなり、また、色をも完全に再現していた。
再び前進を開始するジョワイユーズに、オートクレールも続く。二度の曲がり角を曲がり、延々と続くかに思えたそれは、ついに終わりを迎える。
分厚い金属の扉が、彼らの行く手を遮っていた。
『かなり分厚いな。下がっていろ、レールガンで破壊する』
肩の、どちらかと言えば背中につけられた、極めて長い銃口が展開される。やや前かがみになった姿勢で、後ろの腰からは二本の支えが機体を支えていた。
『行くぞ』
その様子を極めて遠く離れた位置から見守りながら、了解と返事をする。
激しい反動に大きくのけぞり、扉との弾との凄まじい激突音を響かせる。巨大な穴をあけ、外側へと大きくねじ曲がるその様子は、兵器の威力を物語っていた。
赤色の非常灯に切り替わり、けたたましい警報音が鳴り響く。彼らは急いで開けられた穴をくぐり、巨大な縦穴へと突入した。
『しまった。罠だ!』
真っ赤なランプで照らされたその縦穴は、何かがあった形跡だけで、空っぽそのものだった。代わりに、外周に張り巡らされた通路から、まっすぐにこちらを見降ろすいくつものロボットが待ち構えている。
『逃げるぞ、退却だ!』
放たれた小型ミサイルが、オートクレールへと迫る。手にしていた銃で応戦するも、その圧倒的な数を前にほとんど無力だった。
『引け、引け!』
両肩の先に取り付けられたAPSがレーザー光を照射する。ほとんどのミサイルはおとされた物の、その数を前に押し切られそうになっていた。
「HQ、HQ応答せよ、HQ!」
搬入路へと急ぎ戻った彼らの前に、黒い、円い物体が出現する。そこから七つの敵機が新たに現れた。
『こち…………どうし…………』
ノイズによって声がはっきりと聞き取れない。敵の攻撃はより一層激しさを増し、縦穴へと後退せざるを得ないでいた。
「本部との通信が安定しません!」
互いに背中を合わせて応戦する。しかし、かすめる弾丸は、ゆっくりとこちらの損傷を大きくしていく。
『デュランダル、レールガンを使い搬入路側の敵を叩け。全員でこいつを守るぞ!』
デュランダルを守るように、二人ずつでカバーする。レールガンの展開が終わり、車線を退くよう指示がなされた時だった。
一発の榴弾が、二人の防御をすり抜けてデュランダルへと直撃する。思いもよらない爆風に、デュランダルは背中から倒れた。
『避けろぉ!』
暴発したレールガンが激しく吹き飛ぶ。煙の中、大破したかと思われたデュランダルは、ボロボロになりながらも起き上がる。
『どうにか、パージが間に合いました』
『生きてたか。だが、さすがは亜空間シールドだ。傷一つないとは……』
正面の敵を見ながら、ジョワイユーズはぼやく。しかし悪い事ばかりでもなかった。
「縦穴側なら出られます」
縦穴側にいた敵は、攻撃されることを予想できなかったのだろう。搬入路へと密集していた敵は、先ほどの一撃によりほとんどが残骸と化していた。
『こんな狭い所では戦えない。そっち出るぞ!』
黒いソードを振りかざす敵の攻撃をいなし、再び縦穴へと逃げ込む。搬入路で戦う時よりも動きやすくなったが、逆にその広さが敵の攻撃にさらされることとなってしまった。
突如、コックピット内にアラームが鳴り響く。モニターに、先ほどまでいっぱいだった、残りの電力を示したメーターが底を付きかけていた。
「残存エネルギー量、あとわずか!」
APSも、弾薬も、残り少ない。各武器に蓄えられていた電力を機体の動力に回すため、エネルギー経路をつなげようとした時だった。
『オートクレール、レールガンはまだ撃てるな?』
縦穴の壁を背に応戦するも、敵の数が多すぎる。エネルギー切れになるか、破壊されるか、どちらが先に来てもおかしくない状況だ。
「撃てますが、電力を機体にまわそ――」
『まだ待て、レールガンを天井に向かって撃つんだ。急げ!』
ボロボロの四機に囲まれて、レールガンを展開する。画面の中央に出てきたレティクルをしっかりと見据え、それを真上へと向けた。
「ファイヤァー!」
強烈な反動に、機体は床をへこませる。レールガンの弾丸は、巨大な風圧をまき散らし、金属の天井を撃ち抜いた。
『よくやった!』
『こちら本部、応答せよ!』
眩い光と共に、積もった雪が落ちてくる。開けられた穴から電力が供給され、機体のエネルギーが満たされてゆく。
『こちらジョワイユーズ、敵と交戦につき作戦地域を脱出する!』
『こちら本部、チームブレイダーズの撤退を許可する』
一刻も早く脱出するため、戦闘モードから巡航モードへと切り替える。背中の翼を展開し、全出力をエンジンへと傾けた。
『やったなお前たち。全員、生きて帰ってこられたぜ』
開けられた穴から、ボロボロになりながらも全機飛び出す。一面白銀の世界が、彼らの眼には明るく、輝いてうつっていた。
『座標、北緯36.5971262東経137.679639に設定。誤差200、敵機の接近に留意せよ』
遠くの空が歪み始める。その歪みの中心から、黒い点が発生し、それはみるみる内に巨大な物へと成長した。戦線を離脱する彼らを追って、ト―ベルクの機体も空へと舞い上がる。だが、ここで誰もが予想できなかった展開になった。
『こちら本部、戦闘空域にてハイパースペースゲートの展開を感知』
巨大な黒い円が展開され、太陽の光を遮る。白銀だった世界は突如として、宵闇の中へと放り込まれたようだった。
「敵、出現!」
黒いそれから、真っ白で巨大な豹が姿を現す。こちらへと向ける目は、まるで炎の如く赤く輝いていた。
『生体反応、ヴァンデッドの再来だと!』
追ってきていた敵機は全て反転し、巨大な豹へと標的を変える。どれほど強力なミサイルも、その巨体の前に効力を発揮できていないようであった。
「ヴァンデッド、十年前に撃退した地球外生命体がまた……?」
『こちら本部、どうした何があった?』
飛び回る敵の機体を、その豹は赤い瞳で睨みつける。たったそれだけで、睨まれた機体は炎に包まれ雪山へと墜落していく。
『こちらジョワイユーズ、ヴァンデッドの出現を確認。データをそちらに送信する』
『了解した。しかし、敵の空域内であることを留意せよ』
天を覆っていた黒い物は徐々に収縮し、再び明るい銀世界が広がる。だが、先ほどとは違い、その降り積もった雪も豹が睨みつけるたび、一瞬で蒸発していた。
『データ称号完了、ナンバー64フラウロス公爵。お前たちで手におえる相手ではない。急ぎ戦闘空域を離脱せよ』
了解の掛け声とともに、彼らはフラウロスが敵の機体とじゃれついている隙をついて、ハイパースペースゲートへと飛び込んだ。
『警報、北緯36.5971262東経137.679639にて公爵級、ヴァンデッド出現。速やかに地下シェルターへと避難せよ』
けたたましいサイレンの音が、命の危機を知らしめる。座標とは遥か離れた位置ではあるものの、公爵級ともなれば地球そのものが持つのかどうかすら分からない。
「こちら司令、敵座標地点へ衛星攻撃を行う。同時に発電衛星も二機回せ。常に敵をモニタリングせよ」
慌ただしく署員が走り回る。生きるか死ぬかの瀬戸際で、彼らも必死になっていた。
「攻撃衛星レオ、当該宙域到着まで残り300秒。また、発電衛星FおよびOがそれぞれ164秒、245秒で到着します」
叫ぶように報告する彼らの気持ちを、知ってか、知らずか。フラウロテスは周囲の雪を全て溶かしつくし、一面を炎の海へと変えていた。その圧倒的な力を前に、一瞬にして壊滅するかに思われた敵部隊は、辛うじてまだ残存しているのが見て取れる。
「急げ、人類が。いや、地球そのものが生き残るかどうかは、我々の手にかかっている!」
大きく振りかざされた前足に、亜空間シールドを展開する。しかし、触れると危険と判断したのか、ギリギリをかすめてその攻撃はそれた。
「チームブレイダーズ、帰還しました」
怒号が飛び交うその部屋で、署員が負けじと声を張り上げる。別のモニターには、先ほどまでヴァンデッドの元にいた、ボロボロな五機の機体の姿があった。
「こちら司令。ジョワイユーズ、聞こえるな」
『こちらジョワイユーズ、バッチリです』
台車に乗せられて、ゆっくりと格納庫へと移動されてゆく。彼の問いかけに、飄々とした口ぶりで返答する。
「聞こえているならいい、手短に話す」
ジョワイユーズへと、二言、三言言葉を交わす。衛星到着まで残り約三分。格納庫へと戻りかけていたジョワイユーズだけ、再び、カタパルトへと移動していく。
「発電衛星F、空域到着まで残り40秒」
「ジョワイユーズ、3番カタパルトへの侵入を許可する。3番カタパルト、空間侵蝕を急げ」
また一機、残っていた機体が撃墜される。フラウロスは己の力を誇示するのかのように、低い声で唸りをあげた。
「もう、あの場に戦える機体は残っていないのか!」
どれほどカメラを切り替えても、それに写るのは白い豹と炎ばかり。フラウロスは周囲を見渡して、敵が既にいない事が分かると跳躍しようと大きく足をかがませた。
『ファイヤァー!』
強烈な閃光と共に、揺れる炎はかき消される。低空を飛ぶ弾丸は、かがんだ前足を引きちぎっていた。
「間に合ったか!」
反動でほとんどの速度を失ったジョワイユーズが、左腕の盾をパージする。フラウロスが視線をやるよりも早く、手にしている銃を撃ちながら死角へと回り込む。
「発電衛星O残り10秒で到着します!」
すべての弾を撃ちつくし、手元の銃を捨て去る。右腕をまっすぐに伸ばし、取り付けられたランチャーを撃ち放つ。
「発電衛星O目標地点へ到着しました。攻撃衛星レオ55秒後に目標宙域に出ます」
ジョワイユーズを叩き落さんとする長い尻尾がしなる。出したままにしてあったレールガンを構えると、それごと撃ち抜いた。弾は尻尾を貫通し、背中へと着弾する。反動で大きく距離をあけたもの、視界にだけは入らない。
「攻撃衛星レオに攻撃要請。武装、神の杖をスタンバイさせておけ」
宇宙空間では、巨大な衛星に取り付けられた二つのドラムが、ゆっくりと回転し始めている。そんなことは露知らず、フラウロスは激昂し、ジョワイユーズを落とすことに躍起になっていた。
「残り20秒、こちら本部。ジョワイユーズ、時間稼ぎはそこまでだ。急いで戻ってこい」
衛星のドラムの回転が終了し、それに備え付けられた金属の柱が顔をのぞかせる。先端部は削ったのかのように細走り、杖、と言うより、矢と言う方が適正かもしれない。
『こちらジョワイユーズ、本部ちょっと頼みを聞いてくれないか?』
振り回される前足をギリギリで避けきり、右腕のランチャーを半回転させる。鋭利なナイフに切り替えて、ありったけの力を込めて背中へと突き刺した。
「聞かん。それより戻ってこい!」
「衛星レオ、目標点に到達。神の杖、射出されました」
ゆっくりと回転しながら、それは地表をめがけて落ち始める。鋭利な先端が空気に触れて、天は、明るく二個の太陽に照らされた。
『チームブレイダーズ、楽しかった。と』
背中のジョワイユーズを引き離そうと、フラウロスは体をゆする。しかし、深く突き刺されたナイフは、簡単には取れなかった。
『もう少しなんだから、おとなしくしてろぉ!』
レールガンの銃口が頭部へと向けられる。弾丸と共に放電された雷が、その威力を物語っていた。
強烈な反動は、突き刺したナイフを引きぬかせる。フラウロスはわずかに離れたその瞬間に、素早く、ジョワイユーズを睨みつけていた。
機体は炎に包まれて、尖ったヶ所から溶けてゆく。緊急脱出用のハッチは、溶けた金属によって開くことも無く、熱はゆっくりとコックピット内の温度を底上げしてゆく。
「着弾まで残り5秒」
「シャルルマーニュ、脱出しろ。早く!」
ジョワイユーズは推進力を失い、墜落する。天に輝く太陽と、落ち行く太陽。ジョワイユーズパイロット、シャルルマーニュが最後に見たのは、果たしてどちらだったのか。
激しい熱風と共に、神の杖はフラウロスの体を貫いた。その巨大な柱に貫かれ、フラウロスのいた足元に、巨大な穴があけられる。その穴の先は、ブレイダーズの調査していた縦穴へとつながっており、地中深くへと落とされた。
神の杖は地面に深く突き刺さると、周囲一帯の地形を大きく書き換える。元々山の一部だった渓谷は、落ちた衝撃により何もない、更地へと変貌した。
「神の杖命中確認。し、しかし、生命活動、停止しておりません!」
ボロボロなフラウロスは、体を貫かれてもなお首を空へともたげる。画面越しに、それと目が合った。
「怯むな。発電衛星FとOの残存電力全てを、着弾した神の杖へと放出せよ」
無くなった前足は、起き上がろうと地を搔く。降り積もった土砂を落とし、地に貼り付けにした天を憎みながら立ち上がろうとする。だが、巨大すぎる神の杖に、フラウロスは動けないでいた。
「放電、開始!」
神の杖へと、雷よりも強大な電力が放出された。圧倒的な電力を前に痙攣し、体中から煙を出している。体の自由が全く効かず、逃れたくとも逃れられない。抵抗の証としてもたげられていた頭が、ついに地に落ちる。わずかに開かれた眼からは、真っ白な眼球がのぞかせていた。
「とっとと整備を終わらせるぞ。いつまたト―ベルクや、ヴァンデッドのやつらが出てくるかわからないからな」
人型の兵器が四つ、戦場から帰還した。あちこちの塗装は剥がれ、触れれば感じる熱が、先ほどまで稼働していたことを感じさせる。
かなり損傷が激しいぞ、と背部に回り込んだ時だった。見たことが無い、小さな箱が取り付けられている事に気が付く。同様な物が無いか、他の機体を見て回るが、付いていたのはオートクレールのそれだけだった。
「なんだこれ……」
彼は小さく呟くと、近くにあったゴミ箱へ放り込み、作業へと戻って行った。小さなそれが、赤いランプを点滅させている事に気が付かずに。