4
最後のほうは駆け足になってます
あれから数日が経過した。
俺はできるだけ麻耶のそばにいるよう心掛けていた。また襲われでもしたら抵抗しないような気がしたためだ。そのことを麻耶のほうも少なからず察してくれているようで、いつも以上に俺のそばを居るように意識しているみたいだ。
加えて、嫌な視線も感じるようになった。生きのいい殺意に欲求不満を向けられている。
そのせいなのかはわからないが、麻耶は無理に笑うことが多くなった。そして、話している途中に俺から視線をそらし周りに注意を払っている。
嫌な予感がぬぐえないまま生活するのにも嫌気がさし始めていた。
放課後になる。俺は麻耶がいつものように帰宅することを促してくれるとばかり思っていたが、それは訪れなかった。
どうしてだろう。そう思った俺は周りを見渡し麻耶の姿を探す。
「黒崎さんどこ行ったんだろ……」
嫌な予感が頭の中を支配し始めるのを払しょくするためにわざとそう呟いた。
そんな俺に「どうした?」と勇が声をかけてくる。
「お前部活いかなくていいの?」
「いや、今日は休みなんだ。先輩たちがオーバーワークで何人か倒れちまってさ。おかげで顧問が何日か開けようって」
「頑張りすぎたのか」
「最後の大会だし、去年の成績が良すぎたってのもある。プレッシャー感じてるんだろうよ。それより、お前黒崎さんといなくていいのか? せっかくいい雰囲気なのにさ」
「そんなんじゃないって。お前どこに行ったかわからないか?」
「いや、わからないな」
勇は首を左右に振り、腕を組む。
「トイレとか?」
「それならいいんだけどな」
渋い顔をしていたせいか、勇は小首を傾げ「何かあったのか?」と怪訝な面持ちでそう聞いてくる。
「たいしたことじゃない。心配するな」
「信じられるかよ。そんな顔されてさ」
「とにかく大丈夫だ。俺、黒崎さんを見つけてから帰るから、じゃあな」
根掘り葉掘り聞かれる前にさっさと離れてようとするが、勇は俺の肩をつかみ引き留める。
「どうしても言いたくないのか? それとも、言えないのか?」
「……自分で考えろ」
その手を振り払い、俺は教室を出た。廊下を適当に徘徊し、麻耶を探す。そう簡単に見つかってくれることはなく、廊下を何往復する羽目になる。
次第に嫌な予感も募り始め、周りを見回す速度も比例して早くなる。
女子トイレ前に誰のものなのか、ぽつんと置かれたバッグがあった。個人を特定しやすくなるキーホルダー類が何一つついてはいなかった。
廊下にいる生徒たちの中にも少なからず気にしている生徒がいるようだったが、誰も調べようとはしなかった。
嫌な気分がつもっていた俺はそのバッグを躊躇なく拾い上げ、何が入っているのかを確認する。
バッグの中に小さく「黒崎麻耶」と丁寧に書かれてあった。
「くそっ……」
思わずそう漏らした俺は近くにいた女子生徒に麻耶がトイレの中にいるのか聞いたが、中には誰もいないと返答される。どこに行ったのかわからないかと聞くが、知らないとだけ返される。
無造作に探そうにも校内にいるとは限らない。
この前の金髪野郎たちに連れ去られたと早急に決めつけた俺は、体育館裏に向かった。
その時から、麻耶を心配することよりもやつらを始末したいということのほうが俺の頭の中を支配していた。
失敗した。
私こと麻耶はこの前絡んで来た男子生徒に連行されていた。抵抗できないよう両手をがっちりとつかまれ後ろのほうにも一人貼りつかれていた。
初めはこの前の体育館裏に連れて行かれるのかと思っていたがどうやらそんな様子はなく、階をずんずんと上がっていった。始め普段使われない教室に入ろうとしていたようだが鍵がかかっていため断念した。そしてすぐ近くに屋上に出られるドアがあったうえに、鍵穴が壊れていて簡単に出れてしまった。
私をつかんでいる男子の様子を見る限り、やろうとしていることは大体理解できた。
こういうのには慣れている。
ただ言われるとおりに従い、痛みに耐えるだけで事は終わる。
こうちゃん。心配してるんだろうなあ。
不意にそう思うと、初めて同じことを受けた時のように体が震えてしまった。それを両脇の男子にも悟られ、嫌な笑みを向けられた。
なぜかは分からないが、私を屋上の端まで誘導した後、前にいる金髪の男子がゆっくりとこちらを振り返った。
「良くもこの前はやってくれたな」
イラついている様子を出したかったのだろうが、これからやりたいことを考えて声が上ずっている。
「……ごめんなさい」
「それだけで許されたら警察はいらねえんだよ」
私の襟元をつかみ、ぐっと自分に寄せる。
思わず顔を背けてしまったのが、金髪の男子を調子づかせたようだ。
「誠意を見せてくれよ」
威厳もない上ずった声でそう言われる。
ああそうか。こいつらは初めてなんだ。あいつらとは違う。
「……何をすれば、いいんですか?」
私の嫌なところは、そういうことをされてしまうとわかってしまった途端に人の目が気にならなくなることだ。恥ずかしくないというわけではなくて、ただ慣れてしまった。
そう言う人間しかいない場所に放り込まれ、欲望を垂れ流したやつらに相手をしろと強要され、文句を言われる毎日。
「お前、女だろ? だったらひとつだけだろ?」
私が理解している前提で話を進めようとする。だが、周りの三人はそんな理由付けを嫌っているのか、それとも早くしたいのかは分からないが目が血走っていた。
「……知らないです」
わざと知らない様子で答えると、金髪の男子は信じられないという様子で狼狽した。
私の腕をつかんでいる一人が我慢の限界を迎え、金髪の男子に「早くしちまおうぜ」と嬉々としてそう言った。一瞬戸惑った金髪の男子もその提案に乗り、私を脱がせと視線で指示を出す。
つかんでいる二人が脱がすようだ。一人がシャツのボタン一つ一つを丁寧に取ろうとしているところを、もう一人がいらだちを見せシャツを一気に剥ぎ取るように脱がす。
鼻息が荒い。初めてだということを露骨にさらしている。
いつの間にか抵抗することを忘れている。慣れてしまった自分を嫌いになりそうだ。
その瞬間、頭の中でこうちゃんの姿がよぎる。
久々だった。こんなことをされるのが嫌だとはっきりと思ったことが。
「……嫌だ……」
その時、バタンと勢いよくドアが開かれる。
その方に目を向けると、一瞬頭によぎった人物がそこにはいた。
「ごみ共。何してやがる!」
その怒鳴り声が私の中にひどく響き渡った。
手当たり次第に向かったことが正解だったようだ。
体育館裏に足を向けても誰もおらず、校舎内の人気のない部分を探すことにした矢先のことだった。
階段を急ぎ足で駆け上がった生徒たちがいると俺が焦っている理由を知っている生徒から告げられ、屋上に向かうと予想通り麻耶がいた。
「ごみ共。何してやがる!」
そう叫ぶと、金髪が真っ先に反応し俺のほうを向いた。
「またお前かよ」
苦虫を噛み潰したような表情でそう言う金髪は、うろたえていることを隠すように怒鳴り返してくる。
「何しにきやがった!」
その言葉に続くようにして、脱がされている麻耶をただじっと見ていた男が俺のほうに向かってくる。
「邪魔すんなよ」
俺もそいつに向かって歩き出し、ポケットに忍ばせておいたものを悟られないように握りしめる。
「……ごみは処理しなくっちゃ」
そいつが俺の襟元をつかもうと手を伸ばしたのを見計らい、俺は握ったほうの手を振り払う。一瞬にして、やつの胸元は赤色に濡れる。
そいつは倒れこみ、苦痛の声を漏らす。
「あと三つ」
俺が近づくにつれて、その三つは後ずさる。
「何だよ。相手してくれないのかよ」
まずは麻耶をつかんでいた二人の相手をしてやるが、簡単にやられてしまい歯ごたえがない。
「あと一つ」
残る金髪のほうを見ると、怯えてまともに立てない様子だった。
「俺が邪魔なんだろ? だったら相手しろよ」
私、麻耶は怯えて解放されたため、地面に捨てられた自分の衣類を拾い上げる。
私が期待して待っていた彼が嬉しそうに刃物を振り回している。
彼は小さい頃から正義感が強すぎている。
小さい頃から少しでも人間的にダメだと思った人物に対して徹底的に刃向う傾向があった。でも、友人だと認めている人物に対してはすごくやさしかった。私もいつの間にかそんな彼に惹かれていて、もし親のことがばれてしまったらどうしようと言う思いも抱えつつ、彼とともに過ごしていた。
ある日、両親のことが彼にばれてしまった。私にしていたことや、どんな生活をしてるのかそれらを知られてしまい、彼は私を守ると言って両親を襲った。何度も何度も刃物を突き立てた。嬉しそうな笑い声を上げ乍ら。
私は彼に帰るよう促した後、わざと警察に捕まった。彼が捕まらないように。
憎たらしい両親を殺してくれたことに対して驚きはしたが、嘆きはしなかった。むしろ、感謝していた。だから、わざと私が捕まった。
それから大人たちは私をよくわからない施設に連れて行った。そこでは私のような他人を殺めた子供ばかりだそうだ。そこで絶対に非人道的な性格は治るとは限らない。
そこで私は、監視の目を盗んだ男どもに遊ばれた。
何度も
なんども
だから私は今回も平然としていられた。途中までだが。
すがすがしい気分だ。不意に笑みもこぼれる。
麻耶は、周りに興味がなく自分の衣類を正していた。
「大丈夫?」と言って俺は手に持っていたものをしまった。
麻耶は二つ返事で答えた。
「はい。ありがとうございます。助けてくれて」
そうしていざ帰ろうとしたとき、金髪が嗚咽を漏らした。
「まだ動くのか」
俺は金髪の動きを止めるためにしまったものを取り出そうとポケットに手を入れると、麻耶にその手をつかまれる。
不思議そうな顔で麻耶のほうを見ると、麻耶は不備を横に振る。
「とどめはダメです。ほかの三人も運よく息をしているようですし」
「どうして?」
「どうしてでもです」と言った麻耶は携帯を取り出して、救急車を要請した後、「早く逃げましょう」とにこやかに言って俺の手を引き学校を出た。
しばらくして、麻耶は足を止めた。
「全く。やりすぎですよ? まさか刃物を持ってくるなんて」
「たまたまあっただけだよ」
「ずっと持ってる人が何を言うんですか? あなたが避けられてるのってそのせいだと思いますけど?」
「ずっとは持ってないさ。始めたのは最近だし」
「私、行きすぎた正義は嫌いです」
「それが?」
「それを正してくれないと私が困るんです」
どうしてと聞くと、麻耶はなぜか顔を真っ赤にして俺に背を向ける。
「……自分で考えてください。次似たようなことがあったら、私は全力であなたを止めますからね。それが嫌だったらもうやめてくださいね」
麻耶はそう言って走って行ってしまった。
「止めるって言われてもなあ。何がダメだったんだ?」
俺は麻耶の後姿にそう問いかけた。