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 朝、黒崎から昔よく遊んでくれていた麻耶と同一人物であることを告げられてから、俺はまともに授業を受ける気にはなれなかった。

 どうしてあんなに変わってしまっているのか。どうして突然いなくなってしまったのか。いろいろと麻耶に聞きたいことはあるが、なかなか頭の中が整理できていないため行動に起せないでいた。

 麻耶は前日よりは笑顔を見せるようになっていた。俺が見ている範囲内でだが。

 一つだけ引っかかっていることを上げるとすれば、見せる笑顔がどこかひきつっているように見えて仕方ないことだった。

 そんなことを考えながらぼうっと麻耶のほうを向いていたのがばれてしまったのか、麻耶はおどおどとした様子でこちらに向かってくる。

「あのぉ……」

「なに?」

「えっとですね。ちょっとお話ししたいなあ、なんて」

 麻耶は不安な表情でそう言い、小首を傾げる。

「別にいいけど」

「あの、お昼、一緒にどうかなあって」

「いいけど、それだけ?」

 確かに、次で午前中の授業は終わるが。

「それだけってひどいですっ」

「話があるって言うから、てっきり……」

「私にとっては大きな話題なんです」

 麻耶は俺が言いかけたことを追求しようとはせずに話を続けた。それは単に気にならなかったのかもしれないが、どうにもそんな気がしない。むしろ、何を言うのかわかったうえで避けていているように思えてしまった。

「それじゃ、移動しましょう」

 次の授業は図書室への移動を言い渡されていたのを思いだす。

「ああ、次は移動か」

「読書感想文の本を探すんですかね? でも、図書室に入るのは初めてです」

「まあいいや、行こうぜ」

 俺に続くように麻耶も歩き出す。

「あの、少し離れてくれると助かるんだけど」

 麻耶はぴったりと俺に寄り添い、震える手で俺のシャツをつかんでいた。

「い、いいじゃないですか。ほら、昔だって」

「覚えてないんでしょ? まあ、俺もあんまり覚えてないけど」

「じゃあ、こうしてたんです! 絶対! 決定です!」

「なにそれ」

「……覚えてないって言うか、思いだしたくないだけなんですけど」

「ん?」

「いえ、何でもないですよ。早く行きましょう」

 つかんでいた袖を強く引いた麻耶は、困った様子ではにかんだ。


 授業が終わった後、俺はすぐにその担当教科の先生に呼び止められる。

「過去の新聞を整理するんですか? 俺が?」

 先生から頼まれた内容を復唱した。

「今からでも、放課後でもいいんだが、とにかく今日中に済ませてほしい」

「でも、俺係り違いますけど」

「夏の大会も近いし、みんな部活で必死になってるからな。何もしてないお前に頼みたいと思ったんだが、どうだ?」

「じゃあ今しますよ」

「すまないな」

 渋々俺は、図書室の端に置かれてあった古い新聞紙に手を付ける。

 どうして10年以上も前の新聞紙がこんなにきれいに残ってる。その割には、順番がばらばら。ひどい時には、数年後の新聞紙が紛れ込んでいたりしている。

 そうしているうちにある記事に目が留まる。

 それは、小学生の女の子が両親を包丁で何度も刺し、殺してしまった事件だった。日付からして、俺と同世代の女の子。

「同級生の中に、こんなことをした子がいるってことか」

 初めは、ひどい話だと思っていたが、記事を読んでいくうちに、意外とそうでもないと思えるようになっていた。なんでも、殺された両親はその女の子に対してひどい虐待をしている上に、まともに働かず、ギャンブル漬けの毎日を送るような『ごみ』のような存在だったらしい。

「たいしたことじゃなかったな」

 後ろからシャツを引っ張られ、声をかけられる。

「な、なに、してるんですか?」

 先に教室に戻ったはずの麻耶が俺の持っている新聞紙を覗き込み、俺は読んでいた記事を閉じ新聞紙の山の上に重ねる。

「先生から頼まれてさ。でも、どうしたの?」

「教室に戻っても姿が見えなかったので、どうしたのかなって」

「わざわざそんなことを」

「私、手伝いましょうか? 早くしないと、時間亡くなっちゃいますよ?」

「助かる」

 麻耶は早速新聞紙に手を伸ばし、手伝いをしてくれた。おかげで、さらに時間がいると思っていたこの作業もすぐに終わることができた。

「ありがとう。助かったよ」

 俺がそう声をかけると、一瞬間が空き、麻耶は首を横に振った。

「いえ、一緒に食べる約束して他じゃないですか。だからですよ」

「そう?」

「……はい。早く戻して食べましょう」

「う、うん」

 妙に積極的な麻耶に俺は戸惑いを隠せなかった。


 放課後になるといつものようにすぐに教室はがらんとしてしまう。

 帰ろうと支度を始めた時、担任に話しかけられ震えながら受け答えしている麻耶が目に入った。俺と会話している時も多少震えてはいるが、あんなに場の悪そうな顔をされたことはない。

 担任との会話が終わったのか、担任はイラついた雰囲気で教室を出て行った。麻耶はつらそうな顔をしてうつむいている。

 まあいいやと帰ろうとしたとき、面倒事を押し付けてきた先生が顔をしかめ声をかけてくる。

「ちょっといいか?」

 その声には、怒気のようなものが感じられた。

「はい」

 それだけ答え、俺は先生の後に続き、職員室に向かった。

「新聞の整理、頼んだよな?」

「昼休み中に終わらせておきました」

「さっき確認した。あそこにとってあるのは、何の手も加えられていない保存状態がいいものばかりのはずなんだよ」

「はあ……」

 先生は引き出しの中から新聞紙を取り出した。

「これは、7年近く前のものでな」

「殺人事件があったやつですよね?」

「見ていたのなら話が早い。その殺人事件のあった箇所だけがきれいに切り取られているんだよ」

 先生が何枚かめくると、きれいに切り取られている箇所が現れた。

「お前がとったんじゃないのか?」

「なんでそんなこと。対して興味ないですよ。あんなの」

「そうか、じゃあ誰がとったのか見当が付くか?」

「いえ、全く」

「あれは記録用として大事にとってあったんだがなあ、ストックもないし、どうしたものか」

「俺の要件は終わりですか?」

「すなまいな。ありがとう」

 俺は一度礼をして職員室を出る。

「あんなのに興味のあるやつがいたなんてな」

 まあ、初め気になった俺が言うのもあれだが。

 そう呟いた俺に麻耶から声がかかる。

「何に興味があるんですか?」

「どうしてここに」

「い、いえ、姿が見えたので」

「そう。俺教室にカバンおいてきたからさ。じゃあまた明日」

「ま、待ってます。いえ、一緒に行きます」

「どうして」

「お願いします。そう、させてください」

「わかった」

 俺たちは一度教室に戻りカバンを回収した後、並んで下校した。相変わらず、麻耶は俺から離れようとせず、少し窮屈な思いをさせられた。

「黒崎さんって、人と話すとき、どうしてあんなに怯えるの? 昔はそんなことなかったのに」

「昔はどんな女の子だったんですか? 知りたいです」

「それより質問に――」

「……言いたくないから言わないんですよ。それくらい察してくれてもいいじゃないですか」

 俺の言葉を遮って、強めの口調でそう言った。

「昔は、周りが疲れるほど威勢のいい子だったよ」

「そうだったんですか? 信じられないです」

「俺も信じられないよ。久々に会ったらここまで変わるなんてさ」

「……ごめんなさい。それじゃあここで」

 麻耶は頭を下げ、俺と道を分かれた。

「……何があったのかは、話したくないと」

 気にはなるが、追及するのはよしておこう。いずれ話すだろうし。

 そんなことを願いつつ、俺は家へと向かった。


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