正しい選択・最善の選択
前回の作品「彼女のいた夏の終わり」のいじめっ子・斎藤視点で書いてみました。
あの時彼は何を考えていたのか。
あの後彼が何を思ったのか。
そこらへんを書いてみました。
<注意>前の作品を読んでから、読んでください。
話が分からないと思います。
前作「彼女のいた夏の終わり」
俺は、あいつのことが嫌いというわけではなかった。
ただ気になっていたのは事実だ。
あいつとは、幼稚園から中学まで同じだった。
何度も同じクラスになったこともある。
だから、あいつが泣き虫なのも、笑うと困ったように眉が下がるのも知っていた。
初めは、ちょっとしたちょっかいをかけただけだった。
いろんな顔を見てみたかった。
自分はこんなにすごいんだぞって自慢したかった。
が、自慢することがない。
なら、自分より下に見て、実際に下にしてしまえばいい。
女子たちがあいつにいやがらせを始めたのをきっかけに、一緒になっていやがらせをした。
そのたびに、泣くのも、怒るのも、楽しかった。
そのたびに、自分のが上なんだぞって感じることができて、うれしかった。
反応を返してくるのが面白かった。
だから、段々調子に乗って、大胆なことをするようになった。
中学に入った時には、あいつのことを知らない奴らに、小学校時代のことを面白おかしく、ちょこっと脚色して言いふらした。
あいつの筆箱をサッカーボールのように蹴っ飛ばして、中身をバキバキにしたこともある。
それをした後、さすがに担任から説教を食らったので、ばれないようにすることにした。
そのころには、あいつは何をしても反応を示さなくなった。
そして、俺もあいつにかまう目的が変わっていた。
反応を示さなくなってしなったので、何か反応を引き出すことが目的となっていた。
二年の時はクラスが違ったが、三年生の時にまた同じクラスになった。
もちろんクラスが違っても、廊下ですれ違えば、あいさつ代わりに「死ね」「帰れ」「消えろ」といい、同じクラスの女子たちがいろいろとやっていた。
先生たちは、俺のことやっていることを承知して、無視している。
それは、この学年の全員の暗黙のルールだった。
何も言われないのであれば、やってもいいということだ。
ノートを踏みつけて、靴跡を付けたり、持ち物を隠したり、後ろから消しゴムを定規に乗せて飛ばしたり、持ち物を溝に捨てたりもした。
あいつが歩けば、誰かの後ろを歩くという意味で「金魚のふん」と呼び、調子が悪く、吐いたときには、「もんじゃ」とあだ名を付けた。人形のように表情がないことを「能面」と言って笑った。
もちろん、あいつが、先生ちくった時には、「もんじゃが食べたいって話をしてただけ。あいつ、びょーきじゃね?」と馬鹿にした。
先生もそれを「○○と言っていて、君のことじゃないそうです。」とあいつに伝え、事なきを得ようとした。
細かいこともたくさんしたが、いちいち覚えてない。
それが当たり前になっているこの学年は、小さい、あいつが傷つくことをしても「自分は彼女に対して、ひどいことはしていない」と思っている。
それに、無表情で、反応を示さないので傷ついてないと思っていた。
だから、今の状況にどう反応していいのかわからない。
あいつがカッターを自分の首にあてている。
なんで?
いきなり席を立った時は、「被害妄想の次の目立ちたがり」と馬鹿にしてやろうとしていた。
次にカッターを出したときは、『殺される』と思った。
なのに自分の首に刃をあてる?
なんで?
担任が「落ち着け」と声をかけ、それにあいつが答えているのを、遠くに聞いていた。
背中に汗をびっしょりかいて、必死に脳を回転させる。
とりあえず、沈黙したタイミングに口を挟んでみる。
「ハン。被害妄想が相変わらずひどいな。ドウジョウしてほしいの?注目を集めたいだけだろう。」
もちろん強がりだ。
でも、このタイミングで口を挟めば俺のことを見るはず。
この言葉であいつ、神田が顔をあげて俺を見る。
笑顔で。
なんで、笑顔?
しかも、その、作り物のような笑顔は何?
怖い。
暗い目で、笑顔の仮面をつけた神田がこちらを見て言う。
「あなたたちの言う“被害妄想”というものはすごいね。ご飯が食べれない、食べてないのに毎朝・学校から帰ると吐く、夜、寝ることができない。そんなことが実際に私の身に起こっても“被害妄想”なんだね。」
笑顔のまま冷たい口調で淡々と述べる。
それが自分たちのやったことの代償なのだろう。
でも、今、引くわけにはいかない。
せっかく、こっちを見てくれたのに。
せっかく、偽物とはいえ、笑顔が見れたのに。
だから、攻める。
「それだって被害妄想なんじゃないの?」
被害妄想じゃないことぐらいわかってる。
真面目で、完璧主義ではないが、決めたことを達成させるまで頑張ることも知っている。
「それも被害妄想?妄想ノートと言われないように、ちゃんと録音もしておいたから安心して。」
と神田が言ったとき、『やっぱり』と思った。
こいつなら、そうするだろうとわかっていた。
今までのらりくらりと証拠がないと躱してきたのだ。
そうするのは当たり前だろう。
みんなはわかっていないらしい。
神田がご丁寧に説明を始める。
説明が終わると、極論を述べた。
「死ねっていうんだから、死ねばいい」
突然の極論に止める間もなく、彼女がカッターを引こうとする。
「!!」
「待って!」
止めに入ったやつの方を見ると、声の主は、吉野だった。
吉野は、クラスでも静かな奴という認識しかなく、大きな声が出るんだ、とこの状況で感心してしまった。
吉野ががんばって、説得を試みるが、うまくいかない。
自分が蒔いた種なのに、それを見ていることしかできない自分は、なんて弱い奴なんだろう。
それと同時に本当は先生が説得役をやらなくてはいけないのでは?と思ってしまう自分がいる。
話は平行線をたどった。
神田は言った。
「改心してくれるな」と。
「自分の言葉に責任を持て」と。
「死んでほしいなら、殺してくれればよかったのに」と。
その時、最初の疑問の答えが分かった。
自分自身に刃を向けるわけ。
あきらめたからだ。
がんばることを。
生きることを。
でも、神田は、真面目で、やさしい子だから。
信じることはあきらめれなかった。
だから、他人をあきらめずに、自分をあきらめたのだ。
それで、『他人』にではなく、『自分』に刃を向けたのだ。
そこまで分かった時には、もう遅かった。
彼女は、今にも泣き出しそうな、でも必死で涙をこらえて笑った。
作り物の笑顔を必死にしようとしているけれど、うまく作れていない。
彼女が人形から人間になったような気がした。
「一人で死んで忘れられるより、衝撃的な爪跡を。」
その言葉と共にカッターが彼女の首を滑る。
視界いっぱいに、真っ赤なバラの花弁が舞うように血が舞った。
その残酷で、でも美しいとも思える光景の中で、考える。
この先の選択を。
考えに考えて、浮かんだ選択肢は、2つ。
もっと落ち着いて考えれば、もっと浮かんだかもしれないが、この短時間では、浮かんだのは2つだけだった。
一つ目の選択。
改心して、懺悔する。
阿呆で凡人で小心者の俺にとっては、もっとも有力な選択で、正しい選択だろう。
彼女に許してもらえないとわかっていて、謝り続ける。
いつか忘れていくのかもしれないが、自分のためにも、彼女の家族のためにも、謝るというのは大切なことだろう。
二つ目の選択。
今まで通りを決め込む。
本物の悪であったら、考えることなくこの答えだろう。
俺の性格からいけば、この選択はきついだろう。
心の中で謝り続けながら、これからも悪を装うのだ。
彼女がどんな気持ちでいばらの道を進んだのか、わかるかもしれない。
いばらの道を進むことで、謝罪の意を示すことができるかもしれない。
彼女の最後の言葉からすると、改心しないのが彼女にとって最善の選択だろう。
でも、改心しないというのは、俺には無理だ。だったらふりだけで。
そして、誰にも理解されることのない孤高の道を歩むのだ。
今まで、たくさんの選択をして、この結果となった。
きっと1・2個の間違った選択だったら、こんな結果にならなかっただろう。
だから。
今回は、間違った選択をしてはいけない。
だから、俺は、選択する。
彼女のために。
罪滅ぼしのために。
どうでしたでしょうか。
彼は、最後に何を選択したのか。
それは、皆さんの思ったものに任せます。
前回の話に出てきた「私」は「吉野」さんって言うんですね。
自分でもびっくりしました。
前回の話で彼・斎藤がただの悪人でしたが、彼視点で書いたことで、ちょっと違う見方ができたかなと思います。
因みにいじめられ子視点も書いてみました。
「涙の向こう側」