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4 予言ノイズ

『 小人、小人の白痴式少女。私はそういうもの。啓示を送るから、よく聞いて見せろよ』


『 一人目の男……

 青く自らの自己思惟の形を取りつつ、それはしかし、実は実際、自らが言語的意識で思考する時、自らに向けて疑問を投げかけ、自己内部での完結、解決を計る時、自身は一人ではない。なぜなら、自身とは肉体、とりわけ男性性の肉を指すためである。男性性の自己思惟とは何ぞや、それは思考の形をとる女性性である。自らの内にとある問題に対しての暗闇が生じた時、実は男性性であるところの魂は言語的意識なるものを根源より持たず、という事は男性なる人はつまり、男性性の現実肉体に女性性が芯としてある有機的からくりであり、男性性の内に潜む女性性とやらは、男性性の属性、即ち肉体的快楽然とした属性として、永久なる愛撫慰撫を男性性に与えるものなり。男性なる人が思惑する時、男性自身が日々思考しているのではなく、魂と同化せる女性性が慰めとして思考しているのであり、それは男性なる人に捧げられる永遠のエロティカである。男性なる人が思考する事が女性性の働きならば、男性なる人の行動は、むしろ女性性の属性に近づくべきものが多い。男性なる人が女性なる人と性的な結がりを求める盛者必衰はその全ての行動思考に現れ、なぜならそれは、男性なる人を慰撫する女性性、アニマ、即ち二つに分かたれた性の片割れが光を回収して、女性性の補完を求める事に尽きるのである。この逆も、女性なる人の男性性、アニムスなるものも然り。

 男性なる人、皆、女性なり。即ちアニマ、永遠の慰撫役。

 女性なる人、皆、男性なり。即ちアニムス、永久の奉仕役。』


『 二人目の男……

 暗闇に育まれた空想は、一人一人によって別次元を得ている。赤い色を見せられて十人十色の答えがでるように、まして生れ落ちて光を奪われた人間の生物的或いは時限的視覚、触覚感覚は狂ったレンズの様に等しい。肉体を通して、即ち肉眼を通して構築されなければならなかった次元的ヴィジョンは成長過程を与えられぬままでいると、やがて精神的、即ち空想的想像的視覚と過度のアレルギーを発する。なぜなら、生れ落ちた時より肉眼の使えぬ人は不具者として生きていかねばならず、そのためには思惟内において多次元的の構築が必要である。というより、生者の属性の一部である。分離された事象としての記録係であるところの肉眼と、内的思惟、即ち魂がその内的宇宙を生き残るために構築する、間接的とする事象としての記録係であるところの精神との間に、宇宙的衝突が内的世界の形として現れてしまうためである。正常であるならば赤児からの肉眼の発達に伴い内的ヴィジョンも融和、成長していき、やがて各々肉眼的視覚と内的ヴィジョン(視覚)とを使い分けられるようになるのであるが、先天的な盲目であるならば、目に見える形での仮象としての世界、物質、つまり第二の宇宙を目にする事なく、内的な視覚のみで成長していかなくてはならない。人が天使の邪悪なまでのきらびやかさを目にした途端発狂する様に、突然突きつけられた第二の宇宙の衝撃により、当人の内に眠っていた胎児としての、極めて象徴化されたヴィジョンの、つまり歴史が突如として目覚め、同時に当人に眠る次元という名のバルベーローに相対する、永遠の謎が発動してしまう。内的世界と同化している女性性の回収、つまり当人が男性なる人であるなら、魂の欲する女性性と肉眼が見つめる女性性とは合点がつかず、一人の自己の中で誤認識、つまり性倒錯の態が生じる事になり、仮象としての女性性によって魂の女性性補完を促す男性なる人は、如何に存在、永遠の謎であるところの万物媾合、両性具有への合一、ヘルマフロディズムの鍵を握っていようが、内的世界、宇宙の分身である己が、違和感、欠如を抱いているために、全人類、全宇宙の完全なる知、充足された世界が訪れぬのであって、当人は自然自殺装置、即ち光の回収におけるやり直しとして発狂する事に越した事はないのである。

 表象・仮象・物理としての肉眼 光の回収における魂の内的世界――→性欲としての女性性補完

 肉眼的世界→内的ヴィビョンとの相違=内的ヴィビョン→女性性の補完を求める

 ――→光の回収、即ち合一を妨げる不純物。発狂としての自然、運命淘汰』


『 三人目の女……

 滝の黒髪、時世粧、ひとりぽっちの孤独を好み、だけど寂しい煙草を吹かす。ファッショナブルな話題に興味を持ち、それを中心にした生活スタイルを追い求めている。流行にのらず、かつ、反らず、ブランド嗜好に捕われない自由気ままなスタイルを着る。ブランドとノンブランドとの間を使い分けられる。専門学校に在籍しているが日々の内容に満足できず、バイトのみの空虚な生活。混雑する電車内で憂鬱と頭を垂れ、その人数多さから無作法に接触してくる他者へ内なる殺意を生ぜしめる。空洞会話、身分証明としての知り合い等に切実なアレルギーを起こし、自身ですら擦り切れそうな人格になりつつある事を自覚している。社会的自給自足を重視し、優しくない他者を避け、常に格好良い女、大人の女を目標としている彼女の休日は、意外にロマンティストであるところの少女向け雑誌を茶化しつつも、一辺倒な生活感に憧れ、冷房の効き過ぎた高層マンション一室で煙草をプカリプカリと吹かす事。若干の化粧、その甘い香りと煙草のむせる匂いが彼女に大人を自覚させ、部屋は整理整頓されていて、都市的なオブジェが機械音を発している。話し相手。性愛目的でなく真の友情を重視する恋人を欲していて、時折わざと油断のある服装をしては異性に声を掛けられる事を期待するのだが、ほどなく、そんな男などいるものか、と思い直し、我にかえり、彼女は憮然と翻り、家に帰ってはしずしずとべそをかく。そんな繰り返しが彼女を「無害な奴ら」へと導いた。煙草は彼女にとっての、大人の象徴、冷たさをまぎらわす一服。彼女は一人でいる時はクールに構え、他者といる時は明るく振る舞う。小綺麗で小さな喫茶店を探している。』


『 四人目の女……

 移りゆく街並みにそぐわぬ伝統の象徴であるところの年寄りとの同居がそぐわず、彼女は家を空ける事が多かった。新設の図書館、ファーストフード、プラネタリウム、欧州様式の公園、彼女の目を惹く小気味の良い空間はたくさんあるのに、家に入ろうものなら年寄りの全くもって下らない近所話に毒されてしまうのだった。「あそこの嫁が逃げた」「老人会が云々」「病院がどうの」。静かで思慮深い知恵者の老人ではなく、ぶくぶくに太った、鈍くさい、全くもって邪悪面ばかりが目立つ、人間不信の基となるような老人であった。その反動から彼女は外国風な雰囲気、しかし小綺麗な日本的配慮を窺わせるすっきりとした場所が好きだった。そんな彼女はやがて、自分だけの場所を探そうと思い始める。街を歩き回り、店々に顔を覗かせ、理想の場を探し回った。次第にこの事は夜の街の探検へと発展していく。一人っきりで夜通し公園で座っていたり、線路脇でうたた寝したり、無人駅でインスタント食品をすすったりと。そして彼女はひとまずとして、とある場所を発見したのだった。彼女の高校、旧体育館の片隅にある、使われなくなった器具準備室の、床板を外した地下倉庫であった。たとえ一時でもいい、理想のロマンティックな暮らしができれば、悪い意味での土着な暮らしから抜け出して、物語のような場所に住みたい。なぜなら限られた学生の立場で、その居心地のいい立場でこういった回顧的なロマンティシズムに憧れるという事は、裏を返せば、その卒業の先にはほぼ全てに慣れきった社会という鳥籠があり、結局は今の様に淡く青い幻想が体感できないという、夢想も童心も潤々しさも許されないペシミズムがあるのだから、彼女は「秘密」という合言葉を手掛かりに、「重力発生装置」を探している。なぜなら、自身の幻想と現実の境界をあやふやさを以って断ち切り、自身を物語の登場人物として再確認したかったから。そうすればきっと、自分自身を大事に思える筈だから。生きてゆく事が叶う筈なのだから。』


『 五人目の女……

 私は耳の病気。もしかすると精神の病気かもしれないし、脳のものかもしれない。私はいつも差し支えない時間に限って、ヘッドフォンを着用している。通学も入店する時も、家にいる時も。そうでもしないと耳の病気を防げない。曲のジャンルも気に入ったものであれば構わず音を流した。ラジオだって構わない。そうでもしないと耳の病が熾烈にうずいた。空から、周囲から、星から、屋根から、ポスターから、私に誰かが矢継ぎ早に語りかけてくる。洪水の様なノイズの氾濫が、脳になのか、耳へなのか、心になのか、押し寄せ、ちっぽけな私の自我を踏みにじってゆく。マスコミみたいにさ。その声に何度妊娠させられたか事か、覚えられないほどに違いなかった。9歳ぐらいから始まり、それは想像妊娠として括られるものかははっきりしなかったけれども私は確かに、つい最近まで妊娠させられていた。私はこの幻聴とも錯乱ともつかない病を一刻も早く治したい。私は「重力発生装置」の事を知っているから、あとは探すだけ。壊して壊して壊しまくってやる。私を普通の人間に戻してもらうまで叩きまくってやる。さすれば、いつしか夢も覚める筈よね。私は本になりたい、喋らずに博識なものに。』


『 あなたへ……

 脳髄幻想解放装置を探索するのです。あなたには救いが火急ですから。あなた以外の脳髄は全て嘘っぱちなのです。世間も社会も、文化も道徳も、性別も神も、みんなみんな、あなた個有の視点だけの話です。あなたが居なければ世界は見えません。あなたが居なければ宇宙なんて綿にしか過ぎませんのよ。世界はあなた、宇宙はあなた、目の覚める様な優しさはあなた、諸悪の根源はあなた、徳川家、メディチ家、聖書、シャーロック・ホームズ、ジル・ド・レエ、蘆原将軍、辻切り侍、ドン・カルメ、シュルレアリスム、敗戦、ビックバン、人形劇はあなた。全てがあなたなのですのよ。さあ、あなた、全てを解放しなさいな、髷を解いて垂らすように。あなたの見る世の中、あなたが解放した後の至福の無はまるで同じ。あなたはこの世を存在させるか、解放の世を存在させるか、どちらでも同じ事なのです。なぜなら、あなたは全てであるから。有であって無であるから。今後の行動はそのどちらにも含まれる両義的なものであって、どちらを選択しようとも構わないのです、分かりますね。なぜなら、あなたがどちらの世界に統合しようとも、結果は変わらないからです。この世のまま、つまり変わらぬ日常を選ぶのであれば、この私の言葉は無となり、永遠に転じない不可視の空気となってしまいますの。この世を解放するのなら、つまり全ては無であり完全な充足となって、未来現在、過去は一体となり、時は消滅するのですから。

 …………

 

(ここで別種のノイズが入り込む)


 「シクシクシク」              (女性の泣き声)

 「お前が悪いんだろ」           (男性の怒声)

 「シクシクシク」              (女性の泣き声、一層強く)

 「俺の金使いやがって」          (男性の半べそな声)

 「どうすんだよ、これから」        (男性の溜息まじりの声)

 「どうやって暮していくんだよ」      (男性の再び怒声)

 「だって欲しかったんだもん」        (女性のしゃくりあげる声)

 「だってじゃねえよ」           (男性の、何かを叩きつける物音)

 「お前さあ、前も俺に内緒でさあ」     (三度怒声)

 「ブランドもん、買ってたよなあ」     (男性の平手打ち音)

 「やだ、痛いよ、やめて」          (上ずる女性の泣き声)

 「どうすんだよって聞いてんだ」       (女性の髪引っ張る)

 「離してよ、バカ」             (女性、痛みに暴れる)

 「バカはてめえだよ」           (男性、一層怒り、拳で殴る)

 「う、う」                 (女性、うずくまり唸る)

 「駄目女」                (男性、女性の髪を掴んで)

 「ウ、ウウン、ウウン」           (女性の頭を壁に叩きつける)

 「ほんと、やってらんねえよ」        (女性、たまらず号泣)

 「不幸じゃ、不幸じゃ」          (男性、部屋を立ち去る音)

 「シクシクシク」               (自業自得)

 「アイツ、どうしてんだろ」         (女性、以前の恋人を回想)

 「ヒック、ヒック」              (涙で酔っ払った)

 「アイツに会いたい」             (ファンタジー)

 「お金どうしよう」             (現実に立ち返る)


(ここで本回線が復旧)


 …………

 「……ですから、あなたは自分自身の気の向くまま、行動なさい。そして、あなたと意をともにする仲間を見つけるのです。すぐそばにあなたを支えてくれる人間がいますが、それは気のせい、みんな嘘っぱち。大嘘つきのコンコンチキです。というのも嘘。あなたの旅路を照らす灯火の言葉は、“重力解放装置”。それをわすれないで、ね。私は誰かと問うならば、私は応えますわ、私はあなた、あなたは私、夕闇に佇む一本の街灯ですわ」


 ――果たして、ラジオのノイズはそう告げた。僕は暮れはじめた空を見遣りながら、明日は晴れるかなと一人つぶやいた。その視界を姉の洗濯物が遮ってきたので、僕は思い出したかのように、急いで取り込んだ。正午頃聞き始めたラジオは夕刻になってまで、僕にその長大な世間話を聞かせたかったものらしく、ありがたくも感じられるのだが、いつの間にかベランダの、僕の足元には昨日の水色をした小人が、ぶちまけたかのようにウジャウジャと溢れていて、女性の大粒な涙のようなその頭部を仕方なしに踏みしめつつ、ラジオやら何やらを片付けはじめたのだった。

 片づけを終わらしベランダの窓を閉めきってしまうと、水色小人達はどいつもこいつも窓をペタペタと力なく叩き一斉に泣き叫んだので、僕は我慢ならず恐怖に襲われながら、急いで熱湯を沸かし、そいつらの頭上から浴びせてやった。すると、こいつらは全員肌色をピンクに変えて、

 『お風呂に入ると、肌がピンク色になるお人形みたい』

 と口々に歓喜して、一斉に万歳を始めた。

 僕はというと明日に備えてベットに潜り込むのだった。小人の血はまたしても消えていた。よかったなあ。

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