14 架空書 貴種流離譚【腎水】
……
螺旋血液と成りし貴方は 果てに何を見出しましょうか
悪い事は申しませぬ 果てに行かぬが貴方の為
永久至福の反復生存 それこそ果ての化粧なり
御教しましょう 覆死柄魔性
怪性落とさば顕るは 果ての本性 即ち没落
光は闇の子 闇は母 幸せ果て成るは黒妹弟
光は不幸へのきざはし 幸せとは光の絶頂 老いたわしや
ああ 貴種流離王子よ お前の果てなる光の内にぞ 没落母が住みたるは
光の胎内より芽でいでし お前は泥に塗れるも
それこそ誠 お前の胎動 光の申し児 貴種流離王子よ
光は真 光は偽り 即ち闇の子闇は母
光即闇 暗即光 近くて遠く 遠くて近く
お離ししましょう お話しましょう
―――
彼の兄妹が冥府行より孵りし曙、兄は申しました。
「ねえ、グレーテル、妹よ、君は何を頂いたのかい。僕ら二人に口付けをお授け下すった螺旋裁判長から、一体何を頂いたのかい、ほらほら」
「嫌ですわ、ヘンゼル兄様、兄様、兄様こそキットキット素晴らしいお授け物を頂いたのでは御座いませぬか。妾、存じておりますのよ、もう意気地の悪い兄様。それに螺旋裁判長などでは在りませぬのよ。あの御方は螺旋教父様でしたもの。御忘れで御座いますの」
「嫌だなあ、お前、この嘘つき天使さん。そんな詰まらない事はどうでも構わないじゃあないか。君の兄が知りたいものは、君の授かり物さ、さあ見せてご覧なさいよ」
「嫌ですよ、お兄様の方こそ、お先にどうぞ御見せ下さいな」
「分かった分かった、兄様の方からお目に掛けようではないか。でも、忘れてはいけないよ。兄様の授かり物を見届けたならば、お前は決断しなくちゃ駄目なのだよ。ほら、あそこの光が出口なのだから、君は外へ踏み出したなら振り向く事もなく、真っすぐ、お家を目指さなきゃいかんよ。できるなら、駈け足でだよ」
「どうしてお兄さま。どうして一方を御捨てになさるの、お兄様の授かり物を拝見しましたら、どうして駈け出さなくては成らないのですか。双方ともお持ち成すっては駄目なのですか。妾は納得できませぬわ」
「まあ、お聞き、グレーテルや。兄様の授けられた贈り物というのはさ、実に不思議なものなのさ――ほら、僕らの両足がどうしたって立ち止まれないのと同じ事柄なのさ。ご覧なさい。光の洞窟出口まで、あとわずかさ、妹よ、あそこに辿り着く前に君が決断してみせないと、君の素敵な兄様は夢から覚めてしまうよ。急いで、グレーテル」
「妾、チットモ分かりませぬわ」
「ほら、もう時が迫ってきているよ、グレーテルや、兄様の授かった代物は、これなのだよ。いけない、いけない、目を逸らして成らぬ、早く、早く、決断してしまうのだ」
「アラまあ、嫌ですわ、お兄様。兄様のお授かり物とは、妾めと一緒ではありませぬか。御覧なさいませ。何も決断する理由など、何も在りはしなかったのですわね、オホホ」
「驚いた。瓜二つじゃあないか、妹よ、成る程成る程。おっと、いけない、いけない、僕らは決断しなくちゃいけないのだよ、ああ、もう眼の前だ。君、どうする。兄様と一緒に行くのかい、ほら、どうする」
「お兄様。お授かり物こそ、妾めの御答えですわ。兄様が口を利かれる以前より、ずっと、定められてきたのですわ。妾に言葉は要りませぬ。アア、ヤット、解せましたわ、妾めが黒色だとしたなら――」
「そうだよ、グレーテル。お前が黒ならば、僕は白色なのだ。君が僕、僕が君、兄は妹――妹は兄なのではない。その中心が僕らの目指す世界なのだよ」
「ああ、温かい光。もう、二度と、お腹が空かなくなるのね。地獄を恐れなくとも済むので御座いますね。アア、もう兄様を探す必要も無いので御座いますね。ズットズット、あの日が続くので御座いますね。アア、或々、ヘンゼル、これこそが幸せなのですね」
「そうだとも、そうだとも、あの桃源郷では全てを演じるだけで済まされるのだ。螺旋の中心なのだよ、グレーテル」
「螺旋……なので御座いますね」
「そう、二人の授かり物と同一なのだから。鏡と鏡、だからこそ、僕ら二人は永遠至福と成れるのだ。対に成っているからこそ、お互いが求められるのだ。さあ、お喋りは止めようじゃあないか、もう、これからは言葉は要らなくなる。言葉の海面へと、二人は変身するのだから」
「ごきげんよう、愛しき分身」
―――
ヘンゼルとグレーテル ヘンゼルグレーテル エンゼルグレーテル
アンゲログレーテル 契約グレーテル 結婚グレーテル
小児グレーテル アドゥレッセンスグレーテル ユートピアグレーテル
母性グレーテル 出産グレーテル
即ち
貴種流離王子よ 反復グレーテルを瞑想せよ
其れ 即ち 螺旋グレーテル と成り
「僕も、この土に腎水を零せば、理想郷が作れるのかな」
―――