35 全ての始まり
ちらりと日めくりカレンダーを見ると私は笑みが深くなる。新しく買ったシャープペンシルを引き出しから取り出して、表紙に『ハピスクノート』と書かれた質素な錠付きの手帳を開いた。それの年間予定の欄から六月のあるイベントに手を乗せた。
そう…六月! 憂鬱な梅雨。と同時に、全ての始まり。雨は嫌いだが、このイベントは何回見てもいい程大好きだ。オープニングにも使われた絵は誰もが黙り込むほどの仕上がりだった。
やってきたのは六月第三週。
今日は、主人公ちゃんにいわく憑きがバレて、イベ名の通り全ての始まりだ。
でも第一回目だ。失敗すれば第二回、三回とあるのだが、このイベが一番好きだから譲れない。
私は目立たない様に活躍しながら妹ちゃんを応援するつもりである。
妹ちゃんのイベを何としてでも見たいので、一回目から本気出す。必ず成功させるから。
因みになのですが、私がいわく憑きを知っている事をご存じなのは神と優雅のみです。なので生徒会に巻き込まれずに済むはず。多分、優雅も生徒会は目の保養と知っているので言いふらすとは思えません。
手に持っていたシャープペンシルを手帳にはしらせる。
さてさて私のお仕事は…っと、
1. 主人公ちゃんを寮から少しいった公園の入口の近くにおびき寄せる。
2. かなたちゃんがバッドエンドにならないよう入口から出てくる妖怪を倒す。
3. 無事合流出来るよう、理事長にどこにゲートがあるか報告。
この三つだな。
やるべき事をどんどんと書き込んでいく。
私は手帳を改めて見ると顔がひきつらせた。私の目の前には黒々とした活字がある。
うわ、忙しい。
…まず理事長か?
理事長室は、本校舎第一棟、四階の端にある。女子寮は、その向かいにあるので校門も遠いし、理事長室から一番遠いのだ。その上だだっ広いから、考えるだけで頭が痛くなる。だが妹ちゃんのため、頑張る!
「はぁ、はぁっ」
第二棟を抜けた辺りで早くも息が切れる。遠い。
そこからはただ無心で走り続けた。頭が朦朧としていたがそんなこと気にしていられない。
周りより一際豪華な真っ黒の扉を開ける。もちろんボスの部屋の様に蹴ってノックした。
「しつれい! 理事長いますか!」
黒い社長机の後ろに見覚えのある後ろ姿があった。勿論その姿を知っているからこそこの開け方をしたのだが。
私の薄い翡翠色の目にうつるのは白銀の髪を後ろで一つにまとめたお爺さん。彼は椅子をくるりと回してこちらを向いた。
「おぬし、目上の者に対してもその態度か…このままじゃ社会に出れんぞ」
「ま、オルジィですから。ところで何で理事長になっているのか訊くのを忘れていましたね」
「詳しく説明するにも難しいのじゃが。わしは、おぬしや黒猫を見守るために特別にここの席にいるんじゃ。しかも、わしもちょっと昇格して常時見えるようになったんじゃよ」
ふふん、と嬉しそうに鼻をならすオルジィ。私は興味無さげに話を戻した。
「あの、入り口の話なんですが」
「もうすぐ来る巨大なあれじゃな。妖怪の」
私は大きく頷き手帳を渡した。オルジィが頬杖をついて面倒臭そうにそれを読む。するとこちらを見据えて言い放った。
「いくら生徒会でもこの規模は中々防ぎきれんじゃろ。無謀な望みは犠牲を生むぞ」
「…大丈夫。もう誰も死なせない。私が加勢にいくから」
「…!?」
オルジィは一瞬、目を見開いたが直ぐに冷静なオルジィへと戻った。
「それなら…ある意味心配じゃが。どうせお主は何と言われようが行くんじゃろ」
「うん!」
「分かった。生徒会に伝えておく」
私は背中をオルジィに向けて大きな扉を閉めた。
窓からは月が綺麗に覗く。オルジィに返してもらった手帳を眺めた。
「次は妹ちゃんをゲートの安全地帯に誘き寄せるか…」
くすりと笑って薄水色の髪は夜の廊下に溶け混んでいった。
明るい照明の下。
私と妹ちゃんは、大きく抱き合う。妹ちゃんのシャンプーの香りは未だに健在だ。にまにまと笑っていると怒鳴り声が聞こえた。
「いい加減にしなさい!! 夜中になんで感動の再会してるのよ!」
眉間に皺をよせて怒るのはルームメイトの玲奈。
「怒鳴り散らすのは淑女としてどうなのかしら?」
「…意地悪」
ついついからかうと玲奈の拗ねた姿に吹き出してしまった。頭をぽんぽん、と撫でておいて妹ちゃんへと視線をうつした。
「妹ちゃん、ちょっと来て」
「うん」
特殊
百合 鈍感
不定期更新です




