24 正統派王子となってやってくる
「うおお!!」
只今、篠崎 遥は廊下を目にもとまらぬ速さで全力疾走中だ。反動が怖いのですが、今は幻の昆布パンを買うべく全力で走っているのです。昆布パンは有名で不気味な色からは想像出来ない美味しさがある! らしい。
昆布パンは、ボスから頼まれたというか、耳元で囁かれたので、もう買いにいくしかないのだ。ボス絶対、私が耳弱いの知っててやってるよね。ボスとしては無表情のつもりでも、口角が少し上がっていた。
ちっ、と舌打ちをしながら巡りゆく景色を楽しむ。本当に景色が見えないくらい速い。肉体への負担があるが、死なない程度、こっぱ微塵にならないくらいで走らせてくれる。
スポーツパラメーターだけで、ここまでとは…。本当にチートだな、と呆れつつも、内心では体力測定と体育祭が楽しみである。
「うえっ」
角を曲がると急に視界に入ってきたのは、眩しいくらいの金色がすこし緑がかった色。直ぐに人の髪だと理解した。
このままだとぶつかるので、咄嗟に急ブレーキをかけた。だが、空想距離と制動距離があるので残念ながら無理だと思う。
ん? 今、私の全力だから…普通の人だったら死んじゃう!!
ガンっとえげつない音がして倒れ込んだ。
「ううっ…昆布パン」
打ったであろう頭がかなり痛い。目の前には昆布パンが見える。少女漫画では憧れる展開だろうが規模が違い過ぎる。私が猪だとして相手はせいぜい赤子だろう。恐ろしい。
「痛いな…怪我はないですか?」
赤子クラスの人から声が聞こえた。私は生きていた事に喜びを覚える。心配されて嬉しいのだが、何故だか聞いた事のある声だった。
誰か気になったのだが頭が痛くてそれどころではない。痛みで泣きそうな顔をうつ向けて、謝罪の気持ちから前にいる人に手を差し出す。
すると、ぐっとその手に圧力がかかった。
は、重っ!! 筋肉のきの字もない華奢な私の体は悲鳴をあげた。踏ん張って彼を持ち上げたと同時に足元がふらつく。
後ろに転んだので、視界に入らないが多分真新しい廊下の床がどんどんと近づいてきているはずだ。
ヤバい。これじゃ、憧れの曲がり角でドキッ! 手を差し出して怪我ない? と言う重大イベントが出来ないのではないか! もちろん男側だがな。
あぁ…諦めよう。所詮人間は重力に敵わない。
「貴方は何をしている!?」
あ、声出した。
最期に聞いた言葉が…そのままお先真っ暗。
私は死を覚悟したのだが、いつまでたっても落ちない。
凄い! 重力に逆らった。
…っていうのは嘘で前から腰を抱えられています。視界一面に程よく付いた筋肉の胸板が。むはぁー。記念に胸板の匂いをばれない程度に嗅いでおいた。
お礼を言うべきかもしれない。一応、命の恩人だ。そして私は加害者だ。
ふんっ、と足を踏ん張って体勢を戻す。
お礼でも言おうと後ろを振り返って、私はまじまじと相手を見る…
「え!?」
やはり知っている顔だった。
金色に少し緑が入った髪に青色の瞳。限りがなく見覚えがある。
…彼は、我が儘迷子王子、緑菜 月臣だ。
生徒会の副会長。正統派王子様。昔を知っているからこその違和感が拭えないのは、私だけだろう。
昔はあんなにも泣き虫だったのに、成長したね。お姉さんは、悲しいよ。
「すいません」
「いえ、此方こそ前方不注意で」
私をちらりと見た緑菜は、すぐさま私を二度見した。どんどん彼の目は開かれていく。
どうやら私に気付いたらしい。
でも、あのうむとか殿言葉遣い好きだったんだけどな、はぁ。
「しっ、篠崎さんですか?」
「おー」
丁寧で爽やかな緑菜は、確認をとって青ざめる。
やはり、私と気づいていなかった様だ。昔のあんなことやこんなことを思い出しているのかな。もちろん変な事はしてませんよ! ショタコンでもないので。のふふふぁ。
私が、にまにましてると微笑まれた。目が笑っていない。怖い。昔には無かった怖さである。
そんな中でパタパタと男子生徒が走ってきた。そして、資料らしきものを緑菜に手渡した。
「副会長! お仕事です。にしても完璧な副会長の下につけて嬉しいです」
「ありがとう。僕も嬉しいよ」
頬を染めて笑う少年に緑菜は誉められたのに笑っていなかった。いや、顔は笑っていた。主に目が。
私には分かるのだ。彼の特別だから…ではなく、あのスマイリーボスのおかげで見抜ける様になった。
「では」
「ん、ばい」
彼は背中を向けて去っていった。
しばらくじっと見ていると何かを思い出した様に彼が振り返った。緑菜は、笑っているので、嬉しい報告ではないだろうと身構えた。
「昆布パン!」
「うああああ!!」
すっかり忘れていた。
スキル確認
百合 鈍感




