表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

洞穴

作者: シェイド

「さあて、奪〔と〕るぞ。お前ら、しっかり付いてこい!」

 小高い丘に十数名の人影が揺れる。それは一点に向かい、音もなく移動を始めた。



 広い平野を正方形に区切るように造られた国家、リィン。国の中央に位置する王城とその周りを囲う商業に特化した町並みには誰もが圧倒される。

 唯一の欠点は商業に特化した故に、野盗に狙われやすいところだ。


「東門を狙え! 正面突破だ」

 盗賊のリーダーとおぼしき男は辺りに注意を払いながらも仲間を引きつれて歩を進めていった。


「ソウ! 東門は危ないよ、迂回したほうが良い!」

 最後尾についていた女が何かを思い出したかのように目を見開き、声を張り上げた。


「何故だ、あそこは王城の裏手、憲兵の援護も遅い。それに回りこむより時間もかからないはずだ」

 そびえ建つ外壁がどんどん近づいてくるなか、ソウと呼ばれた男は質問を切り返した。

「……違うよ、東門は最近立て続けに押し入られてる! 警備自体が厳重になってる!」


「何っ! ……わかった、南門へ回りこむぞ!」

 一声で影が大きく迂回していく。



「総員、作戦変更! 南門より攻め込む」

 影も映らぬ速度で、月夜を駆ける。そのスピードにより、一時間かからずに、国土の外周を四分の一ほども巡った。


 外壁の高さは数十メートル。だが、彼らにはその程度、問題にすらならなかった。僅かな反動で宙へと跳ぶ。いや、翔ぶ、と表現した方が良いだろう。


 軽く軽く、重力が消え失せたかのように、全員が宙を舞った。


「なっ! 敵しゅ――」

 門兵が声を出しきる前に、手刀一閃。リーダーのソウを含め、皆武器は所持している。が、使う必要は無い。ただの人間には、その身一つで事足りる。


「ふん、気持ち悪いくらい兵が少ないな。好都合だ」

 ここに攻め入るのは三度目、王城の宝物庫に行くことなど、盗賊衆がみな持つ赤眼をまぶたで覆っても可能だろう。


「行くぞ。憲兵がいたら、怪我するまえに寝かせてやれよ」

 門周辺を離れ、城の横手付近へと奔る。

 ソウはどんな状況であっても殺しをよしとしない。金品を盗むことに関しては罪悪感一つ無いが、相手を傷つける、ことさら殺すことには何よりも強く取り締まる。手下達にも、口がすっぱくなるほどそれを教えている。 それはソウの生い立ちに深い関わりがあることだが、それはまた、別の話になる。

「ミイナ、妙だと思わないか」

 先程は最後尾につけていた女が今度は最前列にきていた。


「そうかな? 憲兵の人数のことなら、私は気にならないけど。王城にも変化はないし」


「そうか。だが嫌な雰囲気がするんだ。一応、気を付けていくぞ」

 ソウは作戦を中止にはしなかった。実のところ怪しい雰囲気はそこまでのものでもない。そう判断したからだ。数回、憲兵に見つかり戦闘にはなった、それに城は見た目だけはいつも通りなのだ。ただ、言い知れぬ不安、何かを見落としているような奇妙な喪失感。違和感は拭えなかった



「よし、金は貰った。アジトに戻るぞ。宝物コレクションに更にプラスだな」

 仕事を終えると、ソウの心の中にあった不安は紛れていた。無くなった訳ではない、忘れているだけに過ぎないものだ。


「ソウ、やっぱり大丈夫だったじゃない。もうちょっと王城を廻って、お宝探しでもしない?」


「いや、もう引き上げよう。欲張るとろくなことがない。……ミイナ、今日は様子がおかしいな、どうかしたのか」


「えっ、……やだなぁ、どうもしないよ。それなら、早く引き上げよっか」

 ニコッ、と屈託のない笑顔を見せる。


 ソウの心の中ではまた、言い知れぬ不安がウゴメいていた。

 盗賊衆は早々と王国から抜け出した。あとは丘向こうのアジトに戻るのみ。道中にも、特に問題は起きなかった。


 ソウが小高い丘を越えれば、見慣れたアジトが僅かに顔を見せる。――はずだった。

 ……アジトが、無い。欠けらも無い。ソウは見間違いだと考えた。だがそれはない、盗賊の赤眼は昼夜など苦にしない代物なのだから。

「ば、かな。そんな……」

 顎を震わせ、目を点にしながら、どうにかソウは声を絞る。アジトのあった場所へと近づこうと拙い足取りで一歩だけ踏み出す。

 踏み出した瞬間、辺りの木々が騒めく。ソウの赤眼に写ったのは、その人数三ケタをゆうに超える憲兵たち。


「かかりおったな、馬鹿共が!」

 幾度か姿を見かけたことがある、現国王、アールハイト二世も出陣している。なぜ、アジトの場所が洩れたのか、ソウは困惑した。

「アールハイト、貴様、殺してくれる!」

 完全に、キレた。ソウは腰に携えた短剣を逆手に持ち、体勢低く、飛び掛かる。


 ――そのとき、さらに信じられない事が起きた。


「動くな!」

 ソウを含め、盗賊全員の時が止まった。それは聞き慣れた声だった。


 ソウは体勢を戻し、ゆっくり、後ろへと振り向いた。

「お前、何でだ。何で裏切ったんだよ、……ミイナ!」

 ソウの赤眼には、少し離れた場所で小銃を構えているミイナの姿が、涙で少し歪んで映っていた。


「ごめんね。私、弱いんだ」

 ミイナにも、ソウの姿が歪んで写っていた。


「何を言ってるんだ。お前は、俺たちの仲間だろう?」


「うん、とても大事な、ね。だから、早く逃げて。少なくとも、ソウだけは……」

 ミイナの指先に、力が入る。


「だから、何を言ってるんだ。とにかく、その銃を下げ――」

 渇いた破裂音。ミイナの銃から鉛の弾が放たれる。刹那の間を起き、ソウが体を捻り、辛うじて弾丸を躱す。


「ミイナ。そんなのじゃ、俺は仕留められない」

 擦ったこめかみから血が流れる。涙も同じように、いや、それ以上に流れる。


「わかってる。私を、信じて」


「ミイナ、お前……」

 ソウは短剣を収め、アジトが元あった方向を向いた。

「総員、俺に続け!」

 憲兵たちに突進するかのようにソウは走った。

「アールハイトよ! 貴様だけは、差し違えてでも殺してやる。首を洗って待っていろ!」

 ソウは加速しながら、捨て台詞を吐く。そして、全員一丸となり、憲兵を飛び越えた。


「首を洗って待て、か。無駄なことを。兵共! 作戦執行だ、行け!」

 アールハイトの声に呼応し、憲兵が奇妙な隊列を組み、進みだした。



「ちっ、なかなか粘りやがるな、憲兵共。……このまま行くと、国家指定の立入禁止区域か。無理矢理こじ開けて進むしかないな」

 ソウは国境線を越えるべく進んだ。そうすれば一時的にでも兵の進軍を止められると踏んだからだ。


 ソウたちが行く西の国境線付近には、リィン国家指定の立入禁止区域が存在する。山岳地帯に入るところで洞穴や洞窟が入り交じり、落盤も多く、一日、間を空けて入れば全く違う地形になり、危険であるという理由で封鎖されている。


「くくっ、木偶の盗賊共め。うまく立入禁止区域へ入りおったわ。――ケイヴに喰われるがいい」

 王は口元を緩め、静かに笑った。



「よし、立入禁止区域だ! ここならそう簡単には追ってこれまい。む、封鎖が解けている。妙だな」

 普段なら固く封鎖されている地帯のはずだが、今はその様子が見受けられなかった。

ソウの心の中にはまた、言い知れぬものが這いずっていたが、致し方なく、目を背けた。

「とりあえず、洞穴に身を潜めながら国境を抜け出そう。バラけて進み、国境を出たとこで落ち合うから、方角は各自確認しておけ。では、散!」

掛け声と同時に、十数名の姿が消えた。それぞれが何人かで隊を組み、一路国境を目指す。


「暗いな。松明でもあればいいんだが……。ダイ、何か持ってないか」

近くの洞窟に入ったソウとダイは、複雑な地形を手探りで進んでいた。


「いや、悪いな、明かりになりそうな物は何もない」

元々身軽にして盗みを働いていたのだから、まともなものを持っているほうがおかしいだろう。


「そうか。しかし、ここの壁は気持悪いな。苔でも生えてるのか、いやに柔らかい感触じゃないか」


「ああ、だが、いくらなんでもこの感触はおかし――」

声が、途切れた。


「……どうした、ダイ。返事をしろ」

ソウは気になって後ろを振り返るが、何も見えない。辺り一面、空虚の闇。


「ダイ、返事をしろ!」

心がざわついた。ソウの後方に、何らかの気配。息をしているような、心臓が脈打っているような。


ソウはとっさに前へ跳んだ。何かがいる。ソウの頭の中で、赤のシグナルが素早く点滅していた。

バジュ、とソウが元居た場所で鳴った。その音に耳も傾けず、ソウは出口へと走り出す。


自動車程の速度のソウに対し、音は飛び飛びに、しかし確実に近付いてくる。

「くっ、馬鹿な! なんだこれは」

一瞬、岩の切目から見えたその姿。いや、姿とは呼べまい。流動体、真っ黒な溶岩が周りの岩を呑み込みながら近付いてくる、そんなイメージが浮かぶ。

「ぐっ、なんて早さだ」

何一つ見えない闇の中、瞬発力を頼りに手探りで黒い溶岩を寄せ付けまいとする。

 だが、それにも限界があった。


「くそぉ! 行き止まりか!」

ソウは恐怖におののいた。闇が、全身を覆う。




「……お前は、王が憎いのか」


闇の中、ソウの頭に声が響いた。

「誰だ。ここは、どこなんだ」


「ここは、私の体の中だ。私はお前から見れば、黒い溶岩」


ソウはゆっくりと目を閉じた。自分の体の感覚がほとんど無かったからだ。まるで、脳だけがその場に浮かんでいるような気分だった。


「俺は死んだのか?」


「いや、お前は生きている。私の体に捕われてはいるがな。今一度問おう、王が憎いか?」


「憎い! 我が身がくちようとも、奴だけは殺してみせる!」


「そうか。私も憎い。王はこの区域を立入禁止にした。そのせいで私の栄養元である野生の生き物が逃げてしまった。しかも罪人をここに追いやり、私に飲み込ませて処理をさせるようになった。挙げ句の果てには何の罪の無いものまでここに来させた。その度に私は飲み込み、話を聞いた。その度に、王が憎いという声を聞いた。いつしか私にも、王への憎しみが生まれてきた」


「王を飲み込めばいいだろう」


「王はここには入らない。だから、お前のような人間を探していた。私の力を分けてやろう。王を飲んでくれ」


「……わかった、力を分けてくれ」


「その代わり、お前は私の一部となり、人として生きていくことはできない。それでもいいのか」


「構わん、最早、生へのしがらみなどない。ただ、他の仲間は飲み込まないでくれ」


「了解した。では、今から三時間だけ、外に出られる状態にする。外気に弱い構造故、それまでに王を手土産に帰ってきてくれ」


「ああ、約束しよう」



 次に目を開くと、立入禁止の看板が写った。


「よし、王を殺し、……ミイナと話をつける」

ソウは違和感の残る、新しい体を前に動かし、王の元へと進んだ。


 真っ直ぐと、憲兵を飲み込みながら王の元へ進んだ。その結果、時計が一回りするよりも早く、王へとたどり着いた。


「アールハイト、また逢えたな。約束を守るために、貴様を殺す」


「盗賊風情が王の御前に来るとは、兵は何をしているんだ。かかれ!」

兵がソウへと群がる。が、一瞬の間に、黒い闇へ飲み込まれた。


「ば、馬鹿な! そんな――」


「アールハイト、憎しみの元凶よ。黒き闇で、永久に迷い続けるがいい」



「……ソウ、生きてたんだね。嬉しいな」

どこから現れたのか、いつのまにやらソウの後ろにはミイナが立っていた。


「ミイナか。裏切った理由だけは聞こうと思っていた。話してくれるか」


「うん、私ね、アールハイト王の娘なの。愛人の娘なんだけどね。その母親の血で、こんな凄い身体能力を持って、王は私を隠すように、この盗賊団に潜伏させたの。でもね、私は父さんが好きだった。二人きりのときは優しくしてくれたもの。だから、今はソウが許せない。……死んで」


ミイナは持っていた短刀を振りかざし、ソウにつき立てた。


「ミイナ、ごめんな。もう俺は人じゃない、そんなものを刺しても、血一滴、流れないんだよ」


「そ、そんな。信じられない」

ミイナは涙を流した。恐らく、自分でも何の涙か分からないだろう。


「俺は今、全てを許そう。アールハイト王も、ミイナも。だから、一緒に眠ろう、飲み込んであげるよ」


 二時間後、洞窟に戻ったソウたちは、ケイヴとともに眠りについた。



「ソウ、ありがとう」



「ああ、約束は守った。ふ、この体も慣れれば悪くないものだ。ケイヴ、俺は、正しかったのかなぁ?」


「さあな。だが、私はそれで良かったと思う。心は、晴れた。民も平和に暮らしている」


「そうか。ありがとう。じゃ、これからはここで世界を見続けることにするかな」

ソウの心からは、憎しみが消えていた。全てを許す。それだけで余計な力が抜け、静かに眠ることができた。


何故だかソウは少し、幸せな気分だった。

まあ、意味がわからないかもしれませんが、読んで下さってありがとうございます。出来れば評価もやっていって下さいな

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] いったいハッピーエンドなのかそうじゃないのかもわかりませんが面白かったです。 僕はいい終わり方だと思いました。
[一言] ミイナの説明のセリフをこまぎれにして、間に解説や別のキャラのセリフを混ぜると雰囲気が変わると思います ラストがすごく好きです。
[一言] いいんじゃねえの
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ