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空を飛ぶ  作者: 林来栖
第八章 天に吼える
96/113

7

『抹消された私の、笠井由利香の記憶を、メイン・コンピュータのメモリー・バンクの中

から探し出し、私の記憶装置に戻して下さったのは、博士です。お陰で私は、こうして弟

と一緒に、あなたのために働くことができました』

 笠井元二等官の話で、ようやく晃は合点が行った。笠井元二等官が赤嶺三等官に話した

「柳原副局長」とは、オリジナルの柳原博士を指していたのだ。

 柳原博士は笠井元二等官から《奇跡の羽根》の活動の様子を聞き、内々に協力していた

のだ。

 奥平が笠井元二等官を信用できると断言した背景にも、恐らく、笠井元二等官の後ろに

柳原博士がいる事実を知ってだ。

 笠井元二等官が赤嶺三等官に告げた、家族の臓器が移植されて生きている、という話も、

間違いなく本当だろう。笠井元二等官は《YT—2》からでなく、柳原博士から赤嶺三等

官の家族の話を聞いたのだ。

 柳原博士は笠井元二等官に頷くと、晃へと目を向けた。

 同じ顔形であるのに、性格が変われば、こうも変容するものか——と、つくづく感心し

てしまう程、柳原博士の表情は、優しく穏やかだった。

「日野くんにも、お詫びが言いたい。妹の美鈴さんの件は、僕にはどうにもならなかった。

ちょうど美鈴さんがここへ運び込まれた時、僕は度々起こる羽化の後遺症の発作で、激し

い頭痛に苛まれていてね。上階の自室に引き蘢ってだったんだ。僕の体調が回復して、階

下へ戻った時には、既にセンター内は《YT—2》に賛同した者で大半を固められていた。

僕は《YT—2》に自室に隔離される寸前、何とかコリン二十一番を外へ逃がした。二十

一番をセンターから君の元へ送ったのは、君への警告でもあったんだ。レリア・D—iウ

イルス感染者は、血縁で症例が同一になる傾向がある。奥平先生から聞いていた、君の尋

香としての『特殊能力』を、美鈴さんも、多分有していた。その事実を、センターが突き

止めているという情報を君に伝え、羽化した者にとって、福音者になるかもしれない君を

守りたかった。……そして何より、二十一番を、美鈴さんの『形見』を君に返したかった

んだ」

「やっぱり、二十一番を逃がしたのは、あんたか」

《YT—2》が、拗ねた子供のように、口を尖らせた。

「どうもおかしいと思ったんだ。二十一番が、勝手に外へ出るはずもないし。まあ、でも、

お陰で予定より早く、日野晃が手に入ったけどね」

《YT—2》の、濁った目が、晃を見る。先刻とは変わり、全く感情の欠片も見えない瞳

に、晃はぞっとした。

「日野くんは、サンプルじゃない!」柳原博士の力強い声が、《YT—2》の視線を晃か

ら引き剥がした。

「すぐに日野くんを解放しろ。それと、浅野くんもだ。もう、市民の人権を踏み躙る行為

は、止めるんだ」

 からからと、壊れた操り人形の手足が鳴るような声で、《YT—2》は笑った。

「散々、市民の人権を踏み躙ったあんたが、今更この期に及んで善人になる積もりかい? 

面白いねえ、やれるものなら、やってみるといい」

 柳原博士は、苦り切った表情をすると、背後で一部始終を見ていた二課の保安官たちに

向き直った。                                  

「国立免疫センター副所長の権限により、命令します。すぐに包囲を解き、日野晃以下二

名を、解放しなさい」

「お言葉ですが」と、晃の真正面に立っていた、やや年嵩の保安官が一歩、前に出た。

「今回の《奇跡の羽根》の行動は、もはや単に国立免疫センターへの反発という次元では

ありません。《奇跡の羽根》の行動は、我々公安及び、塔経市中央庁へのテロ行為である

と見なされます。従って、我々は、これより公安本部の作戦命令Bの実行に移り、《奇跡

の羽根》の殲滅を開始致します」

 愕然とする晃の目に、保安官たちの荷電粒子銃の銃口が上がるのが映る。《YT—2》

が、けたたましい笑い声を上げた。

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