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いったい、何が起こっているのか? 訳が分からず、晃は、笠井三等官が捕まえている
柳原を見た。
柳原は、先刻までの野卑な笑みを引っ込め、代わりに、恐怖とも悲哀ともつかない、硬
い表情で、自分と瓜二つの男をじっと見ている。
「君の代わりは、もういない。先程、僕が残り全員を殺した」
外套の柳原に似た男が、静かに柳原を見詰めた。柳原は、低い唸り声を上げた。
「馬鹿な……! 何でそんな無駄なことをする? あんたのダミーたちは、これから先、
僕が死んだ後も、ずっと僕の、いや、あんたの研究を引き継げるはずだったんだぞ!」
「今の僕の研究に、何の意味がある?」
外套の男、いや、柳原聡哉・国立免疫センター副所長のオリジナルが、憐憫に満ちた深
い声でダミーに訊いた。
「《YT—2》。君はずっと、自分が僕の『影』である事実を、恨んでいた。そうだろ?
君は、僕がこの姿に……、レリア・D—iウイルスに感染、発病したために、急遽、造
られた。僕は、君に僕の体の研究及びレリア・D—iウイルスの『特異病状』を発症した
患者の研究・観察をさせた。君は当初、熱心に羽化し始めた僕を調べ、様々な発見もして
くれた。でも、その発見や研究は全て『僕』の、柳原聡哉の名で記されてしまう。君は、
やがてすぐに、自分の成果なのに、自分の名ではない男の名で、研究結果を評されるのに
気付き、不満を募らせていった。——僕さえいなければ、と。名声への執着は、この体に
なる以前の僕の心に強くあったものだ。だから、君が、全ての研究結果を己のものにしな
ければ気が済まなくなったのは、僕の責任でもある」
淡々とした、《YT—2》に対する懺悔とも受け取れる、オリジナルの柳原副所長——
柳原博士の言葉に、晃はぐっ、と胸を突かれた。と同時に、晃が催眠ガスで気を失う寸前
に聞いた笠井元二等官の言葉の意味も、よく分かった。あれは《YT—2》の“わい”だ
ったのだ。
ドクター・スーツを身に着けた《YT—2》は、乾いた、力のない笑い声を立てる。
「あんたがいるから、僕に不満があっただって? 自分を買い被るのもいい加減にしろよ。
僕の研究は、僕のものだ。あんたの名前、柳原聡哉で出ようが、僕が出した成果には変わ
りがない。僕が嫌だったのは、あんた自身だ」
「僕自身、だと?」と、柳原博士は問い返す。
「どういう意味だ?」
「わかんないかなあ?」
《YT—2》は、がっちり笠井三等官に腕を掴まれたまま、柳原博士に顔を近付けていく。
「あんたの、その姿だよ。ウイルス・モンスターになった、その体だよ! 僕とおんなじ
顔の、おんなじ遺伝子を持った人間が、レリア・D—iウイルスのモンスターだなんて、
全くもって、許せないんだよっ!」
歯を剥き出して、憎悪をあからさまにする《YT—2》とは反対に、同じ顔の柳原博士
は、悲しげな表情で口を開いた。
「《YT—2》。君の性格や行動の歪みは、間違いなく僕の歪みなんだろうね……。僕も、
きっとこの体にならなければ、今頃は《YT—2》と同じ、誤った行いをしていたんだろ
う。……人工臓器を移植すれば、回復する見込みは十分にあっただろう笠井二等官の頭部
を、僕にも内緒で違法に切断してコリンに移植し、記憶の大半を抹消して《奇跡の羽根》
を監視する役に就かせる、などという」
柳原博士は、《YT—2》を捕えたままの笠井三等官と笠井元二等官を、交互に見た。
「済まなかった。こうなる前に、僕がもっと機敏に動けていたら、よかったんだが」
『いえ。博士の責任ではありません』と、笠井元二等官は恭しく頭を下げた。




