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笠井三等官と《B—2》が姉弟だというのか? つまり《B—2》は、十二年前のレリ
ア・D—iウイルス感染者の暴動の際に殉職した、笠井由利香二等官なのか?
八木は「自分が退院した後に、部下の、頭部のない遺体が公安の宿舎へ返されたのを聞
いた」と言っていた。弟である笠井三等官も、八木とほぼ同じ事実を語った。
殉職したはずの人間が、生きている。では、つまりセンターは、笠井由利香二等官がま
だ生きているうちに頭部を切断し、利用したのだ。
今、晃の周囲に林立している、水槽に入れられた脳たちと同じように『リサイクル』し
たのだ。
悍ましい人体実験の指揮をしたのは、恐らく、今晃の眼前にいる男だ。
晃は、笠井三等官に腕を掴まれたまま、壊れた人形のように前後に頭を振り、ばか笑い
を続ける柳原に向け、怒鳴った。
「てめえは、人間じゃねえ! 人の皮を被った、化け物だ!」
柳原は一時ふっと笑いを止め、虚ろな顔で晃を見た。
「化け物、とも少し違うけどね。でも僕は、君たちが人質にして逃げるのに値しない人間
なのは、事実だね。——二課の人たち、この連中は、僕ごと射殺したらいいよ。あー、日
野くんだけは、大怪我くらいにしておいて」
「何を言ってるんだっ! おまえ、免疫センターの副所長だろうがっ?」
当たり前のように自分自身の射殺命令を出す柳原に、晃は驚愕と同時に疑問を抱いた。
免疫センターの組織の仕組みがどのようになっているのか、晃にはよくわからない。が、
副所長、というからには、ナンバー2の地位であろう。
更に、先刻からの柳原の言動から察して、センターの活動の実質的な実権は、柳原が握
っているようだ。
その柳原を、本人の命令があったにせよ、反乱分子を殲滅するために、保安官が「やむ
を得ず」射殺するとは、とうてい考えられない。
これは見せ掛けだ——と、晃は思った。自分を殺してもいいから笠井三等官姉弟を射殺
しろ、と命ずれば、笠井三等官たちが怯む、と見ているのだ。
が、柳原は、昏い笑みを浮かべ、衝撃的な事実を告げた。
「残念でした。僕は、ダミーなんだ。柳原聡哉という人物には、何人ものダミーがいる。
僕は、その中の一人。だから、僕が死んでも、すぐに僕の代わりが出てくる。……せっか
くブレイン・メガ・コンピュータ・システムの扉を破壊してまで侵入したのに、君たちが
逃げ遂せる勝算は、限りなくゼロ、だよ」
「それは、違う!」と、居並んだ保安官の背後から、突然、鋭い声が飛んだ。
晃と笠井三等官、それに《B—2》——笠井由利香元二等官も、反射的に声のした方向
へ顔を向けた。
声の主は、水槽を載せた支柱の立ち並ぶ、薄暗闇のコンピュータ・ルームを、ゆっくり
と、こちらへ向かって進んでくる。
周囲より黒い人影が動く度に、足下で何かがふらふらと動いているのを、晃は見つけた。
晃の頭上のLEDペンダント・ライトの明かりが届く範囲にまで、その人物が歩いてき
た時。人影の足下で揺れているものが長い外套の裾であり、その人物が足を引き摺ってい
るのが原因で、気になるほど揺れが大きいのだと確認できた。
長い外套を着た人物は、晃たちのすぐ手前で、止まった。
LEDライトが浮かび上がらせた人物の顔を見て、晃は驚愕に「あっ!」と声を上げた。
黒革の長い外套の肩程までに髪が伸び、無精髭を生やしていたが、その顔は紛れもなく、
柳原のものだった。