2
晃は、悔しくて、ぐっ、と奥歯を噛んだ。
たかが研究のために、柳原は、晃の大事な妹の命を奪った。しかも、潰すつもりだった
など、まるで実験用の鳥のような言い方をしている。更に、研究のために、美鈴の臓器全
てを、コリンに移植したのだと。
臓器移植を受けた患者が、提供者の記憶を受け継ぐという例は、ごく小数だが、報告が
あると聞く。いわゆる『細胞的記憶理論』に関しては、臓器移植が始められた五百年以上
前からメカニズム解明の研究は相当数が行われてきた。
とはいえ、残念ながら未だに理論的解明はなされていない。専門家が分かっていない現
象を、晃のような素人が論理的に理解できる訳もない。
コリンが美鈴の臓器を移植されているだろうとは、晃も薄々ながら気付いていた。
晃が浅野の家の離れでコリンを見舞った時、コリンは、美鈴がどんな妹だったのかと尋
ねた。あの質問は、コリンの中にある美鈴の記憶と、晃が知っている美鈴とを、照合した
かったのでは、と、晃は思った。
コリンは、美鈴の記憶を、確かに受け継いでいる。その証拠が、夕焼けのセンタービル
の情景だ。美鈴と晃の、二人だけの思い出である、茜色のセンタービルの光景を、見ず知
らずの他人のコリンが、知っているはずはない。
美鈴は確かに、コリンの中に生きている。晃は今、赤嶺三等官の気持ちが痛い程よく分
かった。
なのに、柳原にとっては、コリンはただの研究材料でしかない。その上、コリンは個人
名ではない、と言った。
「コリンは……、一人じゃない、だと?」
晃は、緊張でからからに乾き、嗄れた声で尋ねた。
柳原は、切れ長の目を苛ついた様子で、一層すーっと細くする。
「そう言っただろう? コリンとは、僕たちが飼っている人造人間の総称だよ。たくさん
いるんでね。センター内では、普通、番号で呼んでいる。君の妹の臓器を移植したコリン
は、二十一番だ。従順な実験体だったんだが、残念ながら、もうすぐ廃棄処分だよ」
あまりにも強い衝撃が、晃の全身を震わせる。
コリンが、殺されてしまう。やっと見つけたと思った美鈴の『真実』が、また自分の手
元から消えてしまう。
腰を半ば浮かせ、歯を剥き出して柳原を睨む晃の目に、涙が滲んだ。
「何でだっ? どうして、コリンを殺すんだっ?」
「薬が切れたからだよ」柳原は軽く首を傾げ、人差し指で頭を指した。
「二十一番だけじゃなく、コリンはみんな、人為的に解離性同一性障害を起こさせている
んだ。理由は、センターでの研究内容の機密保持と、ある程度、一般生活ができるように。
部分的に記憶を消去する方法もあるんだけど、やり方が難しくてね、下手をすると、必要
な命令も忘れてしまうようになって、使いものにならなくなってしまうんだよね。解離性
同一性障害を起こさせるほうが、より安全性が高いんだ」
浅野が、コリンの解離性同一性障害を疑ったのは、正しかったのだ。
人為的にしろ、何人ものコリンが、コリンの中にいる。では、晃が会っていた、美鈴の
記憶を持ったコリンは、誰なのだ?
「じゃあ、美鈴は……、コリンの誰の中に……?」
晃は呆然として呟く。柳原が「面倒臭いねえ。これだから、ド素人は」と、顔を顰めて
頬を指で掻いた。