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「日野くんにも、このモンスター——いや、君にとっては仲間か? こいつがウイルス保
菌者だとは、分からなかったんだね? この男には『匂い』がなかったんだね?」
「な……、んで、そのことを……?」晃は、驚きに言葉を詰まらせる。
どうして、自分が《羽化しても生き残った人》の匂いを嗅ぎ分けられる事実を、柳原は
知っているのか?
免疫センターには、世界中のありとあらゆる情報が集まってくる。公安や中央官庁のメ
イン・コンピュータに収集された情報も、提示申請をしたものは、全部が提供されている。
市の中央コンピュータには、詳細な個人情報が記録されている。仕事場や学校などでの
健康診断、身体測定の結果なども、すぐに追記される。だが、晃は身体測定やその他の、
身体に関するアンケートや検査でも、一度も『匂い』の話をした覚えがない。
「どうして僕が、君の嗅覚について知っているのか、とても不思議に思っているだろう?」
柳原は、不気味な笑みを絶やさずに、続けた。
「君の妹の、日野美鈴だよ。彼女は大学に入学する際の身体測定で、「人の匂いが凄く気
になる」と、大学の校医に相談していたんだ。その報告を受けて、僕はひょっとしたらと
思って、日野美鈴の極秘調査を命じた。結果、日野美鈴は《尋香》の能力を有すると、判
明したんだ」
晃は、美鈴が自分と同じ能力を持っていた事実を、今この瞬間に初めて知った。
美鈴は生前、晃には何でも話していた。兄弟姉妹の中でも年が一番近いせいか、幼い頃
から、遊びに出るにしても、美鈴は晃にくっついていた。
いつも一緒にいた。何でも相談してくれていると、思っていた。なのに、どうして『匂
い』の話に限って、打ち明けてくれなかったのか? もし、美鈴が話してくれていたら、
晃はこんなに、美鈴の死について考え込まなくて済んだかもしれない。
そう思った刹那、晃の頭の中で、思考がスパークした。
《尋香》と《羽化しても生き残った人》と、晃および美鈴兄妹の『能力』。
柳原は、美鈴を実験材料にするために、極秘調査したのだ。そこで《尋香》と同じ『能
力』を持っていると判断、事故に見せ掛けて殺した。
晃は、柳原の、優越感に浸った顔を睨上げた。握り締めた拳が、我知らず怒りに震え始
める。
柳原は、口角を引き上げた口を、ゆっくりと開いた。たった今、晃が想像した通りの答
を、晃に告げる。
「日野美鈴については、最初から潰すつもりだったんだ。羽化しても生き残っているモン
スターの『匂い』を嗅ぎ分けられるウイルス・モンスターは、非常に珍しい貴重種だ。僕
たちが飼っている《尋香》の能力は、君たちの——オリジナルの《尋香》の能力を研究、
開発して、人造人間のコリンたちに植え付けたんだ。しかし、君たちオリジナルには、ま
だ僕たちが解明していない、特殊な能力がある。僕は、その能力をどうしても解明したい。
それにはオリジナルの《尋香》である日野美鈴の細胞の全てを、徹底的に分析し研究する
必要があると思ったんだ。コリンの一人に日野美鈴の臓器を移植したのも、未知の能力の
研究の一環だよ。ほら、臓器も神経伝達という点では、脳と同等に思考しているからね」