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ビルの外の薄暗い中に戦いの火花があちこちと上がっていた景色から変わり、ディスプ
レイの中は、全面が目映い光に覆われた。
唐突に明るくなった眼前に、晃は眩しくて、思わず目を閉じる。
柳原の、嬉々として人をいたぶる、何とも嫌らしい声が、頭の上から降ってきた。
「ほうら、目を開けてみて見るといいよ。君の大事な『仲間』の姿だよ?」
『仲間』という言葉に、はっとして晃は目を開けた。
途端、晃は息を飲んだ。ディスプレイに映っていたのは、半裸で宙吊りにされた浅野だ
った。
LEDアップ・ライトの白い光が、気を失い、ぐったりと目を閉じ、やや項垂れた浅野
の、青白い顔を照らしている。
よく見ると、浅野の体の周りから無数の細かい泡が上がっている。特徴のある、ゆっく
りと上昇する泡だ。
浅野がLPF(生体保護液)に浸されているのだと、晃には分かった。宙吊りのように
見えたのは、立ったままの状態の浅野が、両腕を横に広げていたからだ。
浅野が実験体として捕縛された事実よりも、晃をもっと驚かせたのは、浅野の左背面か
ら、大きな羽根が見えていることだった。天へ向かって先端を伸ばした白い羽根は、鳥の
翼に酷似している。
レリア・D—iウイルス感染者で羽化した者は、ほぼ百パーセント、肩甲骨と背中の皮
膚が、蜻蛉や甲虫といった、昆虫の羽根の形状に変化した。
ディスプレイに映る浅野の背後に見える羽根は、晃が見た覚えのある羽根の形とは、大
きく異なる。
「面白いだろう?」柳原が悪魔のような笑顔で、晃を覗き込んだ。
「ウイルス・モンスターたちはみんな、普段は長い上着で羽根を隠して生活しているから
ね。君も見るのは初めてだろう? ……それにしても、こんな羽根は見たことがないよ。
この羽根は、一見すると鳥の翼のようだ。けど、よく見ると、外観は同じでも質が違うの
が分かる。この羽根には、羽毛がない。何十枚もの羽に見えるのは、薄い膜の重なり合い
と、膜に描かれた模様なんだ。しかもこの羽根は、背中にある亀裂状の開口部から、出し
入れができる」
では、この羽根は、間違いなく浅野の背中から生えているのだ。晃は、愕然とした。
「とても変わったウイルス・モンスターだ。もっとよく見せてあげよう」
柳原はディスプレイを操作し、浅野の羽根を拡大する。柳原の解説の通り、鳥の翼に見
えた羽根は、シルクのレースのように薄い膜が幾重にも重なってできている。
膜には、細い筋が規則的な間隔で刻まれており、全体を遠目で見ると、その筋と膜の重
なりが、鳥の羽のように見えるのだ。
浅野もまた、レリア・D—iウイルスの過酷な洗礼を受けた《羽化しても生き残った人》
の一人だったのだ。
晃は、落胆とも嘆きともつかない気持ちで、恐らく現在では唯一人の味方と思える友の、
無惨な姿を見詰めた。見詰めながら、晃は「けれど」と、内心で疑問を呟いた。
浅野の体からは《羽化しても生き残った人》の特徴である、花の匂いがしなかった。も
し匂っていたら、晃には瞬時に分かった筈だ。
浅野が匂わないのと、形状の変わった羽根に、何か関係があるのだろうか?
しかも、背中の亀裂に羽根が仕舞えるというが、浅野の背は不自然に盛り上がってもお
らず、そんなものが入っているようには見えなかった。
晃の思考を読んだように、柳原の3Dディスプレイがぐいっ、と、悪意に歪んだ顔を近
付けてきた。




