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晃の感情など、まるで斟酌なく、柳沢は勝手に喋り続ける。
「記憶の操作といえば、君たちを裏切った保安官、あー、名前を忘れてしまった。実験体
の名前なんて、いちいち覚えないしね。その保安官の記憶も、《B—2》を介して、少し
操作したねえ。大体、奈波市だったか、あんな常夏の場所から、わざわざサンプルを輸送
する程、免疫センターも暇じゃあないんでね。彼の家族の臓器なんて、移植も何もしてい
ない。今頃、土に埋めた遺体安置袋の中で、レリア・D—iウイルス塗れで腐ってるよ」
命を賭して、せめて愛する家族の断片である臓器を守ろうとした赤嶺三等官の心をも、
この無神経なマッド・サイエンティストは踏み躙ったのだ。
柳原が、記憶の操作や虚の情報で騙したのは、《B—2》や赤嶺三等官だけではない。
赤嶺三等官と同じく《B—2》と交信していた水原二等官や笠井三等官、また《B—2》
の情報を信じた麻生も、八木も奥平も、やはり騙されて罠に嵌められたのだ。
「しかし、待てよ」と、晃は考えた。
赤嶺三等官はともかく、八木や麻生、水原二等官が、柳原の嘘の情報を、そんなに簡単
に信用するだろうか?
もしかしたら、麻生たちは《B—2》がもたらす情報の全てが正確でないことは、百も
承知していたのかもしれない。
センターの挑発に対して「釣られてやるさ」と、麻生は嘯いた。
現在こうして晃が置かれている最悪の状況も、麻生や奥平は、ある程度まで予測してい
たのだ。柳原が悪魔なら、《奇跡の羽根》リーダーの奥平は、晃の印象としては、どう見
ても妖怪変化である。
酸いも甘いも知り尽くした、海千山千の老科学者が、柳原のような若造に簡単に騙され
る筈がない。
本当に罠に嵌められたのは、むしろ柳原と、晃なのだ。
だとすれば、奥平たちは、晃も騙して、何をしようと画策しているのか? 晃が捕まる
ように仕向けて、柳原から何かを引き出そうとしているのか?
少なくとも、奥平たち《奇跡の羽根》の連中は、晃を釣り餌に使ったと思われる。なら
ば、もう仲間とは呼べない。
でも——と、晃はまた迷う。尋香の執拗な攻撃から、麻生は命懸けで晃を守ってくれた。
その姿勢が見せ掛けだとは、とても思えない。
晃は頭が混乱した。では、いったい誰が、晃の味方なのか? 不安が脳裏を埋めていく。
俯いたまま黙りこくってしまった晃の態度に、柳原は喉の奥に籠る、嫌な笑い方をした。
「何だい? もう観念してしまったのか? つまらないね。なら、日野くんがもっと怒る
ような、楽しい話をしようか?」
晃は柳原を見ずに、訊ねた。
「奥平先生を、知ってるか?」
「奥平? 誰だい、それは?」
柳原は、本気で「知らない」という雰囲気の声を出した。晃は、妙な違和感を持った。
先刻、笠井三等官が「奥平は元国立生物学研究所の所長だった」と、説明してくれた。
免疫センターとは異なる機関だとしても、公的施設の、しかも研究対象が一部は重なると
思われる研究機関の元所長の名を、副所長という役職に就く柳原が知らないというのは、
どう考えてもおかしい。
どちらが正しくて、どちらが虚偽を口にしているのか?
晃の、現時点での乏しい情報では、判断はつけ兼ねた。
更に混乱し、悩み続ける晃の眼前で、柳原が大型ディスプレイの画面を切り替えた。