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晃がディスプレイでなく、水槽を見詰めているのに気付いた柳原が、細い眉を吊り上げ、
不機嫌そうに肩を反らした。
「ただのブレイン・メガ・コンピュータ・システムに、そんなに興味があるのか?」
柳原の傲慢な言い方が、どうにも癇に障った。晃は、柳原の尊大な表情を、思い切り睨
み上げた。
「何だい、恐い顔をして? 珍しいものでもあるまい? この世界は資源が少ないのだか
ら、使えるものは何でも再利用する。当たり前じゃないのかな?」
柳原は、むしろ驚く晃が珍しいとばかりに、首を傾げる。
柳原の言う通り、この世界には資源がない。オオトゲアレチウリに支配された地上から、
昔のように無機物資源を人間が無尽蔵に掘り出すことは、もはや叶わない。人間は、廃棄
したものを極力再利用し、数少ない採掘場所からは、枯渇を防ぐため制限をかけ資源を確
保している。
ほぼ全ての有機物、無機物を再利用して暮らしている。しかし、人間も『リサイクル』
しようと考えるのは、免疫センターくらいだろう。免疫センターの人間は、柳沢を含め、
完全に人としての感覚が狂っているとしか思えない。
晃は、猛烈な吐き気がした。
『人も獣も植物も、有機体は全部、ただの実験対象物だ』と語った麻生の言葉が、眼前に
現実として見えている。
再利用、という柳原の言葉から、どういう人間たちがブレイン・メガ・コピュータ・シ
ステムに組み込まれたのか、晃には想像がついた。
ならば生前に本人たちが、ブレイン・メガ・コンピュータ・システムの一部になると意
思表示している可能性は、皆無だろう。
「もしかして、このコンピュータは、あんたたちが拉致した人たちなのか?」
答はわかっていたが、敢えて尋ねた晃に、柳原は面倒くさそうに、
「そうだよ。実験体として捕獲した連中だよ。必要なのは、体のほうだったんだけど、メ
イン・コンピュータの容量が足りなくなってね。ちょうど良いから、実験体の脳を計算機
にして、メイン・コンピュータを外付けハード・ディスクにしたんだ」と、返した。
晃の中の怒りのボルテージが、かっと上がる。床を思い切り両手で叩き、怒鳴った。
「あんた! それでも人間かっ?」
柳原が、道化師のような、甲高い笑い声を立てた。
「人間だよ。君たち愚か者以上にね。……ああ、愚か者といえば、《B—2》も、君に匹
敵するね。あの女は、自分が僕に操られているのを全く気付かずに、君たちをセンター内
まで見事に誘導してくれたね」
晃は、煮えくり返った腑を吐き出すように、柳原に言葉を吐き付けた。
「おまえは《B—2》に、何をしたんだっ?」
「簡単な記憶操作だよ」と柳原は、にたり、と笑った。
「《B—2》の脳には、これから自分が行動するプログラムの指示を僕が出したという事
実を、記憶から全て消去するように、暗示を与えたんだ。《B—2》は、僕の指示を、さ
も自分で考えて決定したように思っている」
柳原は、人の脳をブレイン・メガ・コンピュータ・システムとして、小さな水槽に平気
で押し込める人間である。《B—2》の記憶を自分の思惑で好き勝手に操作するくらい、
どうということもない些事なのだろう。
柳原という人間の本性に対し、晃はますます嫌悪と憎悪が深くなる。