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おまえの話など聞いてやるものか、という態度をあからさまにするために、晃は片膝を
立て、そっぽを向いて質問を繰り返した。
「浅野と、笠井さんは、どこだ?」
「ほう。僕の肩書きに驚かないとは。君は、中々の変人だね?」
本当に驚いた、といった表情で、柳原は——正確には、柳原の3Dレーザー・ディスプ
レイは、晃の顔を覗き込んでくる。
何なんだ、この男は?——と、晃は呆れ返った。
柳原は、自分が他人よりも優れている事実を挙げ連ね、どうだとばかりに踏んぞり返り、
相手が賞賛するのを当たり前に思っている。
晃は、自分も随分と子供っぽい性格だと自覚しているが、柳原ほど恥知らずではない。
柳原は、勉強はできるが、躾の全くなっていない小学校低学年の児童と大差ない。
こんな、人としての程度の低い人間に、晃も浅野も、他の仲間も、傷付けられ、振り回
されたのだと思うと、晃は猛烈にやり切れない気分になった。
怒りを通り越し、もうどうでもいいという気持ちになり、晃はがっくり項垂れた。
晃の態度をどう見たのか、柳原はふん、と露骨に鼻を鳴らした。
「反応の薄い人間は、つまらないね。……まあいい。本題に入るとしようか?」
唐突に周囲が明るくなった。照明の量が増えたのに気付き、晃は何事かと顔を上げる。
眼前に平面ディスプレイが展開されていた。縦が二メートル、横が四メートル程もある
大型ディスプレイには、現在のものらしい免疫センターの表の様子が映し出されている。
尋香たちが《奇跡の羽根》のメンバーと思しき長い外套を着た人々と、戦闘用の上下濃
灰色の防弾ウェアにフルフェイス・ヘルメットを着用した、公安特殊警邏隊の隊員を相手
に戦っている。
「随分と君の『仲間』は、苦戦しているようだね」
確かに、特殊警邏隊員も《羽化しても生き残った人》たちも、尋香の動きについて行け
ず、後退を余儀なくされているように見える。
センタービルの正面玄関の、煌々と照らされたLEDライトの中に浮かぶ敵味方の攻防
戦も気になったが、それよりも晃の意識を引き付けたのは、平面ディスプレイの明かりに
照らされた、この部屋の様相だった。
スクリーンを使用しない光ディスプレイを透かして見えたのは、先程までは形がはっき
りとしなかった、細長い金属棒の上に載った、水槽の中身だった。
中身は、人の脳だった。一つの水槽に一つずつ入れられている脳には、水槽表面に取り
付けられた合成ゴムチューブから中へと伸びた金属の針が、何本も刺さっている。
晃は、脳に刺さった細い金属針から水槽上部のチューブへ、逆に目線を辿る。チューブ
は、天井に近い場所に走っている太い合成ゴムチューブの中へと、引き込まれていた。
また、支柱の金属棒からもチューブが水槽内へ伸びており、脳に取り付けられていた。
晃がディスプレイを透かして見える範囲だけでも、六本の金属棒が聳えている。六人分
の脳が、それぞれの水槽に入っているのだ。
晃は、驚愕を禁じ得なかった。
通常、メガ・バイオ・コンピュータの中央演算には、人工タンパクが使用される。人間
の脳細胞と同じように、細胞単位でDNA塩基での情報処理を行い、細胞間の伝達を伝達
物質で行うよう、設計されている。
人間の脳を模しているのだから、いっそ人の脳を使用すれば仕事が早いのは、紛れもな
い事実だ。脳だけを生かす技術が、ない訳でもない。
だが、本当に人間の脳を取り出し、バイオ・コンピュータと化してしまうなど、常識あ
る科学者なら絶対に考えない。マッド・サイエンティストの所業だ。