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「ここまできたら、危険はどうしようもないよ。今、目の前のコンピュータ・フロアのド
アを開けて、もし敵が飛び出してきても、どう見回しても隠れられる場所なんか全然ない。
だから、俺らには逃げようがないし。——覚悟、固めたんじゃないの?」
「覚悟は、した。でも……」
どう話したら、分かってもらえるのか。怖じ気づいたわけではない。
確かに、機会は、これ一度きりなのかもしれない。
やっとこじ開けた扉は、ここで手を離せば再び閉じてしまい、次には、より堅く閉ざさ
れ、二度と開かないだろう。だからこそ、しくじってはいけない。しくじれない。
しかし、真実を掴んでも自分たちが囚われたのでは、意味がない。
「言いたいことは、何となく分かるよ」と、浅野は真顔になった。
「ここまでの道程が、あまりに順調すぎておかしいって、日野は感じてるんだろ? それ
は、俺も同じだ。でも、俺は何か大丈夫な気がするんだ。日野も俺も、コリンに出会って
から大変な事柄に直面している割には、運がいいことに、怪我もほとんどないし」
「そんな、気だけじゃ危険すぎるだろう!」
晃は、思わず声を荒げてしまった。麻生たち《羽化しても生き残った人》や、美鈴の遺
体に対するセンターの仕打ちを考えれば、人を殺めるのに躊躇などしないのは明白だ。
晃の声の大きさに、扉の向こうへ入っていた《B—2》と笠井三等官が、何事かと戻っ
てきた。
「どうしたのですか?」と、二人を交互に見遣るサイボーグ保安官の、感情の表れない顔
を一瞥して「何でもないっす」と答えると、晃は強い思いで浅野を振り返った。
「引き返そう。今なら多分、まだ罠から逃げられる、と思う」
「やはり、勘のいい獲物は罠に掛かりづらいようだ」
突然、頭上から男の声が響いた。晃は驚いて真上を振り仰ぐ。遙か上方の天井は、白い
壁紙が貼られているだけに見える。が、ホワイト・ウインド風のミュージック・パブで取
り付けている、埋め込み型の壁面スピーカーが設置されているらしい。
「完全に釣り込めなかったが、ここまでなら充分だ」
僅かに笑いを含んだ声に、晃は完全に自分たちが罠の網の奥に嵌まり込んだことを悟っ
た。
「逃げろ!」と晃が叫ぶのと、前後の扉が完全にロックされるのが重なる。《B—2》が、
再びロックされたメイン・コンピュータ・ルームの扉に取り付く。
その刹那、晃たちが閉じ込められた空間に、白いガス状のものが立ち込めてきた。
「催眠作用のあるガスです。吸い込まないよう……」
笠井三等官の忠告も空しく、晃は目一杯ガスを吸い込んでしまった。たちまち目が回り、
膝が崩れる。
「わい——!」という、《B—2》の奇妙な叫び声を最後に聞いて、晃の意識は途切れた。