5
晃の隣を歩く浅野が、やや興奮ぎみに呟いた。
「凄い……。これだけの規模のマシンが、なんで世に知られてないのかなあ?」
首を捻っている浅野に、足早に進む《B—2》のすぐ後ろを歩いていた笠井三等官が、
あっさり「免疫センターのメイン・コンピュータだからですよ」と、説明した。
「ああ、そうか」浅野は、得心した顔で頷いた。
「公式、非公式の膨大なデータの詰まったコンピュータですものね。桁外れに大きいとい
うだけで、外部に興味を持たれ、見学したいなどと申し込まれても、確かに面倒だ」
各重要機関などのメイン・コンピュータは、通常、公安のメイン・コンピュータと同様、
外部からのデータの改竄や盗難を防ぐために、直接ネットワークに接続はしていない。
さらに、免疫センターに恨みを抱く者は多い。設置場所を知られて、侵入者にシステム
への危害を加えられることを恐れ、公開しないのだろう、と晃は思った。
晃たちも、システムに危害は加えないが、中身を盗み見るだけで立派な不法侵入者であ
る。
程なく通路が終わり、防火扉の向こう側に階段が現れた。淡いLEDライトの照明が、
十段ほど下りた踊り場の象牙色の床面を照らしている。階段を下り切ると、眼前にメイン
・コンピュータ・ルームの扉が現れた。ふと、晃は背後を振り返った。
階段には、踊り場と一番下の段の左上に、監視カメラが取り付けられている。この二台
の監視カメラも、《B—2》のセキュリティー・システム操作により、センターの他の人
間に晃たちの侵入が見られないよう、オフにしてあるはずである。
しかし晃は、なぜか階段のこの二台のカメラが、生きているように思えた。
誰かが、自分たちをじっと監視している。というか、ここへ来る道程を、監視カメラの
向こう側の誰かに、ずっと誘導されていたような気がする。
そもそもビル内に入ってから眼前のコンピュータ・ルームに来るまで、《B—2》が工
作してくれているとはいえ、見事に全く敵に遭遇しないのが妙だ。
晃は俄に、ぞっ、と総毛立った。頭の中に『危険』という赤いシグナルが点滅する。
公安や中央官庁を牛耳り、違法な拉致や人体実験を隠してきた免疫センターが、簡単に
不法侵入を許すはずがない。
明らかに、免疫センターは晃たちを罠に誘い込んでいる。
《B—2》が、コンピュータ・ルームの扉のロックを解除した。晃の頭中のシグナルが、
一層ちかちかと忙しく明滅する。
どうにか抜けられそうな粗さの罠であれば、敢えて乗ってもいいだろう。しかし、目が
細かく複雑に細工された罠に、果たして自ら飛び込むべきか?
抜け出せなければ、皆の期待も、今までの努力も辛抱も、全て水の泡である。
晃の中で答が出た。
「入ったら、危険だ」晃は、体半分ほど自分を追い越していた浅野の肩を掴んだ。
浅野は驚いて振り返る。
「なんで? なにかあった?」
「この罠は、危険すぎる。入ったら、俺たちは絶対に抜け出せなくなる」
真剣に引き止める晃に向かって、浅野は柔らかく笑んだ。