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空を飛ぶ  作者: 林来栖
第一章 空に歌う
8/113

8

 己の胸の内の蟠りに思いを馳せて黙り込んだ晃を、浅野が不思議そうに見上げる。

「日野?」

「ん? ああ、悪い」

「まあ、言いたくなければいいけど」

 浅野はバルバットの内蔵コンピュータを起動させる。同時に電源を入れたミキシング・

マシンが、無造作に掻き鳴らした弦に反応し、壁面のセラミックに虹色の模様を浮かび上

がらせた。

「今さあ、卓郎と一緒に新しいミュージック・グラフィックの試作やってるんだよ。最新

型のブレイン・ダイレクト・ヘッドホンを改良して、ダウンロードした曲の音程と音色に

合わせて、グラフィックが変化するように」

 浅野の指が、第五弦の主弦を鳴らす。ミキシング・マシンがまた虹色を壁に描く。

「今までのは、音がすれば、特定のグラフィックがその音に反応するように設定されてる

だけだったろ? でも、今、俺と卓郎が考えてるのは、例えば、複数の音のそれぞれに色

や形を合わせて、それが音楽に合わせていっぺんに現れるようなタイプのやつなんだ」

「ふうん。……けど、それだと、映像がうるさくなりすぎねえ?」

 思わず食い付いてしまい、晃は内心で後悔する。

 浅野は「待ってました」とばかりに、身を乗り出した。

「そこだよ。だから、ボーカルの声をメインにして、その音色で全体のグラフィックを纏

めるようにしよう、って作戦なんだけど、それがなかなか、いい音色のボーカルがいなく

てさ」

「……で?」なんとなく先が読めた晃は、むっとして腕を組んだ。浅野は、にやりと笑う。

「日野、ボーカルやらない?」

「嫌だ」

「そんな、即答しなくたっていいじゃないか。聞いたよ、スカイボーイの『空を飛ぶ』」

 浅野はいたずらを仕掛ける子供のような顔で、晃をちらりと見た。

 なんで知ってるんだ。晃は驚いて目を見開いた。

「びっくりした? 実は、真樹区のあの辺りに卓郎と音源を探しに行ったことがあって、

その時、野外ステージで日野が歌ってるのを偶然、見かけたんだ」

 他人に、特に大学の知り合いなどに聞かれたくないからこそ、真樹区の危険区域近くま

で出向いて歌っていたのに。

 偶然の神というのは、こうも皮肉屋なのか。

「あのステージでほぼ毎日、歌ってるんだろ? いい声してるよな、日野。いろんなボー

カルがいるけど、俺の聞いた範囲じゃ、日野より特徴のある声の人は聞いたことないよ」

 弾んだ声で捲し立てる浅野を、晃は口角を下げて睨んだ。

「そんなに褒めても、うんとは言わない」                     

「えー、もったいないなあ」

 浅野は苦笑しながら、ぽろんぽろんと弦を弾く。弱い音色が薄い虹を、セラミックの壁

に描く。

「俺は、日野の声は、アデル杉山よりいいと思うんだけどなあ。配信したら即、売れると

思うけど」

 アデル杉山は、三百年前オオトゲアレチウリの大繁殖によって国が壊滅した、西大陸の

イーデルランド人の血を引く若手の歌手で、晃と同じような高音のハスキーボイスを売り

にしている。ネット・ミュージックプレスでは実力派として評価が高い。

「別に、俺はスカウトされたいとか、売れたいとかっていうのは、考えてない」

「うーん……」

 浅野は弦を止め、バルバットの涙滴型の胴体を抱えた。

「……でも、歌うのは好きなんだろ? ほぼ毎日、歌ってるんだから」

 確かに歌うのは好きだ。しかし、スカイボーイを歌っているのは、妹への手向けであり、

また、理不尽な扱いを受けた、美鈴の遺体の謎の真相を必ず突き止めてみせる、という誓

いでもある。

「とにかくさあ、嫌でもいいから、一度だけ付き合ってみてよ。もしかしたら、それで一

緒にやるの、気に入るかもしれないじゃない?」

「十中八九、ねえと思うけどな」

 晃は盆を取り上げて踵を返した。

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