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大きく口を開けた通用口の中は、大型台車が三台、奥に並べられている以外は、何もな
かった。晃たちは、奥平に教えられた通り、淡いLEDライトが数カ所灯る構内の、右側
の壁の扉を開けた。
二・五メートルほどの幅の廊下は、障害物もなく、左へ真っすぐに続いている。
「向こう側から敵が入ってきたら、おしまいだな」
規則正しく並んだ直管型のLEDライトを仰ぎ見ながら、浅野が低く呟いた。晃は、敵
が反対側からやって来ないことを祈りながら、廊下に飛び出した。
この疾走が最後ではない。まだまだ先がある。だが、晃は速度を落とそうとは思わなか
った。
長時間の行軍に加え、敵の襲撃で転び、あちこち打ち身を作った体は、もう限界だと悲
鳴を上げている。それでも、晃はあらん限りの力で走った。
あともう少しでコリンに会える。もう少しで、美鈴の遺体の謎が解ける。コリンと美鈴
の関係が分かる。そう思うだけで、疲労を押し退けるほど、心が躍った。
向かっている先の扉から敵が入ってくることもなく、晃と浅野、笠井三等官は、五百メ
ートル以上はあると思われる長い廊下を、走り抜けた。
晃は次の入口に辿り着くと、扉の左脇に取り付けられたセキュリティー・ボックスに飛
び付いた。生体認証の作動の遅さにいらいらしながら、扉を開ける。
認証が済み、開いた扉からすぐにアトリウムへと飛び出ようとした晃の腕を、笠井三等
官が掴んで止めた。
「お待ちなさい! 敵がアトリウムに詰めていたら、危険です!」
常にない強い声が、晃のうわついた気持ちに冷や水を掛けた。たたらを踏んだ晃は、恥
ずかしさに、かっ、と全身が熱くなる。
「自分が先に、向こう側を確認します。安全でしたら、お二人に入っていただきます」
有無を言わせぬ姿勢で、笠井三等官は晃を扉の前から排除した。
晃と浅野に、扉の脇の壁に体をぴったり寄せるようジェスチャーで指示すると、笠井三
等官は荷電粒子銃を構えた。自身も壁に身を預けて隠れながら、扉をそっと開ける。
素早く扉の向こう側を覗き見た笠井三等官は、晃たちを振り返った。
「敵はいません。入ります」密やかに告げるのとほぼ同時に、笠井三等官が扉の中へと滑
り込む。晃と浅野も、用心しつつ入った。
センタービルのアトリウムは、五階までの吹き抜けになっている。天井と、四方の壁面
は、建設構造用の特殊炭素合金の骨組みを籠目状に組み合わせ、その間に透明な特殊加工
アクリル板を嵌めている。
床から二メートルの辺りに設置された、可動式LEDアップライトの光を受け、特殊コ
ーティングされたアクリル板と炭素合金が、水色に輝いていた。
可動式のライトがゆっくりと回転するに連れて、アトリウム全体が水色から茜色に変わ
る。
晃は、幼い日に美鈴と見た、夕日に染まるセンタービルを思い出した。
晃たちの住んでいた場所からは、このアトリウムは他の建造物の陰になって、見ること
はできなかった。だが、懐かしいあの日の光景の主役は、紛れもなく、今こうして自分が
いるビルなのだ。
いにしえの都への憧れと賞賛を胸に見詰めていた建造物は、現在、晃にとって疑惑と憎
悪の対象になっている。それでも、ここに全ての疑問の答がある。
もうちょっと待ってろ、と、晃は、心の中で微笑む美鈴に向かって囁いた。