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迷う晃に向かって、もう一度、大声で麻生が怒鳴った。
「俺と益田が命がけで戦っているのを、きみは、無駄にするつもりかっ?」
麻生の言い分も分かる。だが、ここで仲間を助けることも、自分の義務ではないのか?
晃は、ぐっと唇を噛むと、一歩、麻生たちの方向へと踏み出す。
晃の動きに合わせるかのように、敵の大型荷電粒子銃が再度、発射された。麻生と益田
三等官は、向かってくる太い光の束を、地面に横転して避ける。目標を失った光の束は、
対面のビル壁面のクリスタル・コーティングを、轟音とともに破壊する。
LEDライトの作り出すほの明るい世界が、朦々と立ち込める粉塵で濁る。麻生も益田
三等官も無事かどうか、確認できない。晃は粉塵の中へ、走り込もうと動いた。
晃の脇を擦り抜けるように、浅野も粉塵に向かっていく。
が、二人の体は強い力によって、その場に引き止められた。
「麻生さんたちのお気持ちを、お二人は無にする積もりですか?」
笠井三等官の強い腕が、晃と浅野の腕を、それぞれ掴んでいた。振り解こうと腕を振っ
た晃に、笠井三等官は、峻厳な声で告げた。
「あなた方の戦場は、ここではありません」
晃ははっとした。
そうだ、自分の使命は、美鈴の死の真実を知ること。コリンを救い出すことだ。そのた
めに体を張ってくれている麻生たちの行動を、覚悟を、台無しにしてはいけない。
情に負け、危うく本題を忘れてしまうところだった。
無表情だが、笠井三等官の手からは晃たちを思い遣る熱が、伝わってくる。浅野も気付
いたようだった。
浅野は笠井三等官に、「すみません」と謝った。
「そう……、そうだったんだよな。俺たち、コリンと飯山先生を助けに行こうと思ってた
んだよな。それと、日野の妹さんの遺体の謎を調べに」
浅野は、解放された手で、苦笑いを浮かべつつぴしゃり、と自分の頬を叩いた。
「何、テンパってたのかな、俺たち」
「ああ。……ありがとうっす、笠井さん」恥じ入りながら、晃は笠井三等官に頭を下げた。
笠井三等官は、「いえ」と抑揚なく返す。
粉塵の向こうから、悲鳴が聞こえる。やはり気になって振り向いた晃に、笠井三等官は、
「気にしてはいけません」と、強い声で諭した。
晃は頷き、向かうべき方向へと踵を返す。
再び悲鳴と怒号が聞こえる。麻生たちのものか、敵のものか。晃は、後ろ髪を引かれる
思いを堪えて、ビルへと駆け出した。