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一年前、晃は美鈴の死を切っ掛けに大学を辞めた。
美鈴は大学に入学したばかりだった。中奥区色羽にある鴻女子大に入り、これから大学
生活を満喫しようという矢先だった。
サークルの先輩が所有しているエアカーで、中奥区から登詩磨区の市立大図書館へ向か
う途中、運搬用大型ツインエアカーと接触し、墜落した。当時は、ネットニュースの一面
にもなった大事故だった。だが、場所が真樹区東外縁だったため、美鈴を含む学生六人が
死傷した以外、公式発表では巻き込まれた者はいなかった。
亡くなったのは、運転手だった美鈴の先輩と、助手席に乗っていた美鈴の二人。墜落し
た時に、車が前方から歩行路面に突っ込んだためだった。美鈴たちはすぐに市内事故専用
の無人救急エアカーで塔経市の病院に搬送された。美鈴は、胴体こそエアークッションに
守られたものの、車体前面下部とシートに挟まれた両足は切断されていた。
連絡を受け慌てて大学から病院に駆け付けた三番目の兄と晃は、処置に当たった救急外
来の医師から、失血死だったと告げられた。
市の規定で、事故遺体は一度、正確な死因解明のために解剖に回される。しかし、三日
後に帰って来た美鈴は、内臓がすべてなかった。
即刻、晃の父は公安局に抗議した。解剖は義務としても、遺族の許可なく体の一部を摘
出するのは人権問題なのではないか、と。
しかし、塔経市公安局の担当官は、父の抗議を無視した。どころか、父が勤めていたア
ンティーク家具製作会社に圧力を掛け、父を退職に追い込んだ。
いきなり職場を追われた父は、一人娘を失ったショックと重なり、倒れてしまった。父
だけではない、製薬会社に技師として勤めていた次兄も、大学院生の三番目の兄も、会社
と学業を追われた。
晃も、表向きは自主退学になっているが、実は大学事務局から退学要請が来ていた。し
かも、自主という建前にすれば既に納めていた半年分の授業料は返す、という条件つきだ
った。
どうやら市は、美鈴の体を、秘密にしなければならない何かに使用している。そのため
に、遺族の抗議が邪魔なのだ。
市の意図を察して憤った晃は、事務局の申し出を蹴ろうとした。だが、それは兄二人に
止められた。心労で倒れた父と、看病に疲れている母にこれ以上の苦労を掛けるな、と。
晃は兄たちの言葉を容れて、不承不承ながら自主退学をした。しかし心中では、未だに
納得していない。どうして美鈴の遺体は、理不尽に切り刻まれねばならなかったのか。そ
の理由を、どうしても知りたい。