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赤嶺三等官の裏切りは、一瞬でも仲間と思い、信頼した晃としては、決して許せるもの
ではない。しかし、麻生は「やつなりの理由があったのだ」として容認した。
麻生の、赤嶺三等官に対しての見解が正しいかどうかは別にして、裏切られても許した
背後には、麻生なりの命への憐憫があるように、晃には感じられた。
どんな人間の死であっても二度と見たくはない、という思いは、晃のように、十二年前
のレリア・D—iウイルス蔓延の悲劇で親族を亡くした者は皆、例外なく持っている。麻
生に至っては、己の身がレリア・D—iウイルスによって変異したのだから、なおさらだ。
麻生たち《羽化しても生き残った人》は、これからの人間にレリア・ウイルスというモ
ンスターとどう対峙したらいいかを教えてくれる、生きた教科書だ。大事にするのが当然
だと、晃は思う。
なのに。有機体は、人も例外ではなく、全て実験体としか見ていないというセンターの
研究者たちは、これまでに捕縛した《羽化しても生き残った人》たちを、切り刻み、シャ
ーレに押し込め、電子顕微鏡で観察するためにプレパラートに封印したのだろうか。
晃には、どうあっても理解できない精神構造だ。
突然、名を呼ばれ、晃は物思いから意識を現実に引き戻された。慌てて顔を上げてみる
と、麻生と浅野がビルの裏手の扉から外へと出ていた。
「ぼんやりしてると、置いて行くぞ」
麻生は、怒っているというより、呆れている声音で急かすと、晃に背を向けた。晃は、
まだ自分を笑って見ている浅野に膨れっ面をして見せながら、外へ出た。
出た先は細い路地で、すぐまた同じようなビルの裏口が見えている。路地がやけに明る
いのは、三階辺りに設けられた、ビルとビルを繋ぐ連絡通路の下側壁面に、長方形のLE
Dライトが取り付けられているためだった。
連絡通路で繋がったツイン・ビルは、真樹区では珍しくはない。晃の住んでいるビルに
隣接しているビルの一つも、ツイン・ビルだ。
巨大なビルをいくつも建てると、ビルの壁面によって街を抜ける風が阻まれてしまう。
細長いツイン・ビルにすれば、間に路地を取り、そこを風が抜けるので、街の温暖化が防
げる。
現在は干上がり、オオトゲアレチウリが覆い尽くしてしまった海に、塔経市は二百年前
までは面していた。海があった頃には、塔経市には夏場は、涼しい海風が吹き込んでいた
と伝えられる。
自然を研究し、共存しようと試みていた一方、自然を破壊し続け、オオトゲアレチウリ
という、身に魔物を潜ませた化け物を引き出してしまったのは、どうしてなのか?
人は、生命をどうしたいのだろう。次のビルの通路を進みながら、晃はまた、そのこと
ばかりを考えていた。




