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空を飛ぶ  作者: 林来栖
第一章 空に歌う
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6

 浅野は晃の大学の同級生である。温厚で世話好きな性格で、退学した後も何かと晃を気

にしてくれている。

「いや、お客だから。俺、ここで自分の曲を発信してるし」

 浅野は操作卓の脇に立て掛けた楽器のケースをぽんぽんと叩いた。

 バルバットと呼ばれる五弦の楽器は、レリア・ウイルス大流行以前に作られたもので、

近年また若いミュージシャンの間で流行している。

 涙滴形の木製の胴体に太く短いネックが取り付けられており、一組二本の五弦を張り、

人差し指にセラミック製の爪を着けて弾く。

 胴体の内部には音色を変えるための小型コンピュータが仕込まれていて、それを表面下

部のパネルで操作する。録音する時には、内部のコンピュータで電子信号に変換された音

を、無線でミキシング・マシンに飛ばす。

 浅野は、大学内のインストロメンタル・グループの一員として活動していた。

「中奥区立大のエリートが、こんなところで音なんか作るなよ」

 バルバットを黒革のハードケースから取り出す浅野に、晃は文句を言った。

「大学内にミキシング・ルームがあんだろ。サークル用の。そこでやれよ」

「ああ…、あそこいつも一杯なんだよな。ほら、他の音響サークルと共用だから」

「だったら、中奥区のパブへ行けよ。現役は割引が利くだろ、ジェノバとかなら」

 木製の胴体に水色で塗装を施し、その上から銀粉で模様を書き込んだ、凝った装飾のバ

ルバットを抱えた浅野は、内部のコンピュータを起動させずにポロン、と弦を指で弾いた。

「日野は、俺がここへ来るのが、そんなに嫌なの?」

「嫌っていうかさ…」どう答えたものかと、晃は長髪の後ろ頭を掻いた。

 どんなことでも曖昧になるのは、気持ちが悪い。何事も明確にしたがる晃の性格は人間

に対しても同じで、嫌いな人間には、きっぱり態度で表してしまう。おかげで、友人と呼

べる人間は数えるほどしかいない。

 晃とは逆に浅野は、見た目どおり至極温厚な人柄で、誰からも好かれている。晃の記憶

の中で、浅野が声を荒げて怒っている場面は、一度もなかった。

「大体、なんで俺にかまうんだよ。浅野は俺よりずっと友達が多いじゃねえか」

 浅野が自分を気にする理由が分からない。晃がこの店に勤め始めてから、浅野は講義や

サークルの合間を見つけては、やってくる。

 数いる友人から色々と誘いも受けているだろうに、どうしてそこまでして晃の顔を見に

来るのか。

 また水色のバルバットを鳴らし、浅野は晃を見上げた。

「日野が心配なんだよ。……大学も、あと一年で卒業だっていうのに、理由も言わないで

辞めちゃっただろ」

「それは……」                                  

 他人に言える理由ではない。

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