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保安官の体内送受信機を、情報課のメイン・コンピュータで管理している公安である。
保安官が使用する他の通信機器も、全て公安情報課が管理しているのではないのか?
とすれば、サブ・コンピュータがシャット・ダウンしている今は、使用不能なのではな
いのか?
何より、そもそも、このトンネル内で携帯電話が、なぜ使えるのか?
晃たちの疑問を全て理解したらしい水原二等官は、微笑んで、二人を交互に見遣った。
「まず、このトンネル内には、携帯用のマイクロ基地局が、天井付近に等間隔で埋め込ま
れています。古い型ですが、性能はかなり良好です」
晃と浅野は、同時に天井を見上げた。ハロゲンライトの薄明かりでは、はっきりとはし
ない。でも、水原二等官の言う通り、指の先程度の小さな白いボタンのようなものが、天
井に取り付けられている。
晃たちが目を下へ戻すと、水原二等官がにっこりと笑った。
「それから。確かに、通常は我々保安官が使用する通信機器の全てが、公安情報課のメイ
ン・コンピュータの監視下に置かれます。ですが、現在、我々の携帯の通信経路は、公安
のコンピュータではない、《奇跡の羽根》の仲間が運営している、民間の携帯会社のメイ
ン・コンピュータで制御しています」
《奇跡の羽根》という、木村女史や麻生たちが在籍する組織がかなり大規模であるのは、
公安特殊警邏隊を含んでいると聞いた時点で理解した。が、民間の携帯会社まで組織に入
っているとは、晃は思いも寄らなかった。
驚き過ぎて絶句してしまった晃に、麻生が面倒くさそうに言った。
「《奇跡の羽根》の構成員には、中央の官僚もいる。それでなけりゃ、携帯会社を丸ごと
など、押さえられんだろうが」
「なるほど」と感心する浅野の声に、「行きましょう、時間がありません」という、笠井
三等官の冷静な指示が被さった。
水原二等官が、「おう!」という弾んだ応答をし、二本の指を額に当てて前へ振るとい
う、おどけた敬礼をする。
どうにも軽いノリに「この人は、本当に特殊警邏隊に選ばれるほどの優秀な保安官なん
だろうか?」と晃は、ほんの少し不安になる。
等間隔のハロゲンライトを、ちょうど二十個、通り過ぎたところで、ふっつり地下道が
途切れた。
晃たちの眼前に、見上げるほどの高さのコンクリート壁が立ちはだかる。壁の前には、
真っ赤な塗装を施された螺旋階段が、天井近くまで伸びていた。
階段の最上段は、コンクリート壁面の上部に取り付けられた、鉄扉へ渡るキャットウォ
ーク風の短い鉄橋の端に繋がっている。
「あの扉の先が、真樹区南外縁の大通りに面したビルの一階です」
先ほどのおどけた表情から一変し、真剣な顔で水原二等官が鉄扉を指差す。
「扉を潜れば、敵地です」
「だからと言って、引き返す気は一切ありません」
同じく真剣な眼差しで返した浅野に、水原二等官は大きく頷いた。
「では、お二人は、これを持って下さい」
インターナル・フレーム・パックを背から下ろすと、水原二等官は中央の留め具を外し、
中から二丁の小型荷電粒子銃を取り出した。