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きん——と、バルバットの澄んだ中音の弦が鳴るような水原二等官の声音が、地下道の
中に反響する。
声の残響に被せるように、麻生が口を開いた。
「尋香は、全身の骨格を全てチタン特殊合金に換えている。その上、疼痛物質の量を、薬
物によって制御しているため、痛みもほとんど感じない。肉体の限界を超えて筋力を使う
ことができる」
晃は、慄然とした。
骨格も、感覚機能も、全て戦うために改良され、制御された、戦闘集団。
麻生の説明で、なぜ尋香たちが己の命も顧みず、エアカーを体当たりさせるような無謀
な行動を取ったのか、ようやく合点が行った。
水原二等官が、想像以上の事実に顔を強張らせた晃をちらりと見ると、表情を引き締め、
進行方向に向き直った。
「センターは、尋香という兵隊を得て、今や塔経市の中枢機構を完全に掌握しています。
まさに、やりたい放題な状態です。が、我々特殊警邏隊が、そもそもセンターに対抗しよ
うと決めた動機は、センターの暴走を許さない、などという正義感からなどではないんで
す」
水原二等官は、大きく息を吸い込むと、歩行を続けたまま、天井を見上げる。
「一言で言えば『私怨』です。特殊警邏隊の隊員は、十二年前のレリア・Dーiウイルス
感染者の暴動の際、家族が保安官として出動し、死傷している者が大半を占めます。亡く
なった者の遺体で、遺族に戻された時に身体の欠損のなかった遺体は、一つもありません
でした」
言葉を切ると、水原二等官は、何かを決心したような顔で、笠井三等官を振り返った。
「話しても、いいかな?」
先輩保安官の遠慮がちな問いに対し、笠井三等官は「はい」と、逆に機械的に頷いた。
「……笠井三等官も、遺族の一人です。当時、公安二課に所属していた笠井三等官の姉、
笠井由利香二等官の遺体は、頭部がないまま、公安の宿舎へ戻されました。……笠井二等
官は、上官である八木譲治公安二課・第二小隊長との結婚を、控えていました」
晃は、更なる驚きに目を見張った。
市立大図書館の地下保管庫で八木が晃に話した、十二年前に亡くなった部下とは、八木
の婚約者だったのだ。
晃は、どうして八木が自分を雇い、妹美鈴の死因を調べようとしている自分を手伝って
くれたのか、漸く今にして分かった。八木も、愛する人を失っていたのだ。
八木も麻生も浅野も、更に笠井三等官も、晃が現在関わっている人々はみな、何かしら
大事なものを失っていた。それも、レリア・Dーiウイルス、いや、センターと、尋香が
らみで。この関わり合いは、果たして偶然なのか。
晃の疑問の答は、すぐに浅野がくれた。
「特殊警邏隊は、父が公安副局長に就任してすぐに編成したんだ。って、以前、父の秘書
官をしていた一番上の兄貴に聞いた。人選も、父が独断で行ったって。——父は承知で、
どころか、わざと警邏隊隊員に、十二年前の暴動の時に出動して死んだ保安官の遺族を選
んだんだ。遺族に返された遺体のどれもが、どこかしら、センターにもぎ取られていた事
実を知っていたから」
「それは、本当なのか?」
浅野の、淡々とした、だが、とても重大な告白に、晃は激しく動揺する。