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「でも、八十パーセントの骨が強化ナノ・セラミックと金属って……。それは、もしかし
て、怪我で?」
保安官なら、任務上、刑事犯の追跡、逮捕などで大怪我という状況もあり得る。あるい
は任務以外の時間での怪我かもしれないが。
笠井三等官は、相変わらずの無表情のまま、「いえ」と短く否定した。
「え? 怪我でないなら、どうして?」
晃の疑問を汲み取ったかのように、脇から浅野が笠井三等官に尋ねた。と、本人ではな
く、前方の水原二等官から返事が来た。
「笠井は自ら望んで、サイボーグ化したんです。笠井だけではありません。公安では、内
勤である一課以外の保安官で、自ら希望してサイボーグ化している者が、数多くおります。
我々の所属している特殊警邏隊の隊員は、ほぼ百パーセント、体のどこかをサイボーグ化
しています。自分も、両手足の骨は全て、強化ナノ・セラミックです。もっとも、笠井の
ように、全身の骨の八十パーセントと、脳機能の一部を人造物にしている者は、特殊警邏
隊でもごく僅かですが」
中奥区に置かれた、塔経市中央官庁を頂点とした市の統制システムは、公安という圧倒
的な力によって、市の隅々まで行き渡っている。
死都真樹区の、治安が最悪な南外縁の住人ですら、特権をほしいままにする官僚への不
満や怨嗟はあっても、保安官の存在に怯え、直接に憤懣をぶつけたりはしない。なのに。
「どうして、そこまで?」
懐疑に眉を顰め、晃は水原二等官の、大きなインターナル・フレーム・パックを背負っ
た、保安官にしてはやや細いと思われる背を見詰めた。
「レリア・Dーiウイルスが原因ですよ」水原二等官は、淡々とした声で答えた。
「十二年前、大勢のレリア・Dーiウイルス感染者が『特異病状』の発現によって、暴徒
化しました。当時の公安は、ほんの一部の者を除いて、保安官のサイボーグ化は許可して
いませんでした。その理由は仰る通りで、塔経市でのテロや、大規模な暴動などあり得な
いと思われていたからです。けれど、現実に暴動は起きた。鎮圧のために出動した保安官
の多数が、死傷しました。事態を重く見た公安本部は、次のレリア・ウイルスの流行に備
え、保安官のサイボーグ化を奨励したんです。結果として、自主的にサイボーグになる保
安官が増えました。——これが、表向きの理由です」
水原二等官の、最後の言葉に驚いて、浅野が聞き返した。
「え? 表向きには、って……、じゃあ、他に裏の理由があるんですか?」
大きな水溜まりを防護用ブーツで、ばしゃり、と踏んで、水原二等官は足を止めずに振
り向いた。
「はい。少なくとも、我々のような特殊警邏隊の隊員には。我々は、暴徒鎮圧のためでは
なく、尋香と戦うために、サイボーグ化しました。この事実は、特殊警邏隊内部の、第一
級機密です」




