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晃と浅野には十分な説明がないまま、麻生に同意した二人の保安官は、さっさと荷物を
担ぎ直した。
時間との競争なら、致し方ない。とにかく《奇跡の羽根》の作戦に乗るしかないと腹を
括って、晃も立ち上がった。
水原二等官が先に立ち、地下駐車場の扉を潜る。晃は先刻、麻生と歩いてきた地下通路
を、逆に真樹区の方向へと辿ることになった。
《奇跡の羽根》側の保安官にサブ・コンピュータをシャット・ダウンされたため、センタ
ー側の公安保安官は中奥区内の警戒を強めているはずだ。真樹区付近ぎりぎりまで地下道
を利用するのは、妥当な手段である。
「どれくらいで、真樹区の外縁に着きますか?」
ハロゲンライトの頼りない明かりの中、打ちっ放しのコンクリ道を下りながら、浅野は
すぐ前を歩く水原二等官に訊いた。
水原二等官は、重い荷を背負っているとは思えない、さすがに鍛えられた保安官の軽快
な歩調を乱さずに、明るい声で答えた。
「大よそ二時間という見当ですね。この地下道は、麻生さんはご存じと思いますが、地上
の幹線道路の真下を、一定距離は平行しています。ですので、真樹区に近付くまでは、大
きな通路は、ほぼ直線です」
晃は、歩き出した時から自分の背後から聞こえる、ぎし、ぎし、という、金属が擦れ合
うのに似た、微かな鈍い音が、どうにも気になっていた。
晃の後ろの最後尾は、防護服と同色の、濃灰色のインターナル・フレーム・パックを背
負った笠井三等官が黙々と歩いている。インターナル・フレーム・パックに金具部分があ
り、それが擦れる音なのかと考える。だが、駐車場のコンクリ床の上に置かれた二人の保
安官のインターナル・フレーム・パックは、確か、サイド・ポケットのファスナーも、難
燃性の高い、植物性柔軟プラスチックだった。
またショルダー・ベルトの調節部分、ウエスト・ベルト部分ともに、本体と同じ素材で、
金具の類いは使用されていなかった、と、晃は記憶している。
インターナル・フレーム・パックに金具がないのなら、では、晃に聞こえている金属の
摩擦らしき音は、どこから出ているものなのか?
まさか、自分たちの跡を、何者かが尾けてきているのではないのか?
俄に、晃の背筋に、ぞわぞわっと戦慄が走る。もしも追跡者が尋香なら、晃たちの動き
がすでにセンター側に知られていることを意味する。
晃は歩を緩めて、笠井三等官の隣に並んだ。
「笠井さん、その……、さっきから、妙な金属音がしてるんだけど。誰か尾けてきている
様子は……?」
尋ねながら、晃はそっと、背後を振り向く。
笠井三等官は、さして慌てた風もなく、無表情に「ああ、はい」と、晃を見た。
「追跡者の気配は、ありません。もしいれば、自分と水原二等官のヘルメットの内蔵ディ
スプレイに、赤外線サーモグラフィー画像が映し出されます。ですが、現在は時刻以外の
情報は映されていません。あなたに聞こえている金属音は、自分の体から出ているものと
思われます。自分は、体の八十パーセントの骨を、強化ナノ・セラミックにしています。
関節部分にはチタン合金が使用されています。……これです」
笠井三等官は、右手を晃の耳元へと近付けた。曲げられた防護用手袋の中の指の関節が、
ぎりっ、と鈍い金属音を響かせる。
「……あ、この音だ」
音源が判明して、ほっとしたと同時に、別の疑問が晃の脳裏に湧いてくる。