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空を飛ぶ  作者: 林来栖
第五章 観るもの
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1

 車影が坂の頂上の闇に消えるのを見送ると、水原二等官がおもむろに提案した。

「さて、我々も移動しましょう。隊長も言ってましたように、そろそろ我々の工作に、セ

ンター側が気が付く頃です」

 浅野と麻生は、動き出した水原二等官に従いて家の中へと戻る。

 屋内を足早に通り抜け、地下駐車場への踊り場まで来た時、先を歩いていた水原二等官

が不意に振り返った。

「腹、減ってませんか?」

 晃と麻生、浅野は、階段の途中で足を止める。

「今、十九時三十分です」

 フルフェイス・ヘルメットの風防の内側にあるスクリーンに表示された時間を読み上げ、

水原二等官は風防を上げる。

 はきはきとした声に似合った、目元の涼しい若者の顔が、ヘルメットの中で笑った。

「皆さん、午後は何も食べてらっしゃらないのでしょ? 非常食を携帯してきました。あ

んまり旨くはないですが、よろしかったら、召し上がって下さい」

 水原二等官は、背負っていた難燃素材のインターナル・フレーム・パックを地下駐車場

のコンクリート床の上に手早く下ろした。サイド・ポケットから小さな紙箱を二つ、取り

出す。

 浅野と麻生は階段を下りると、水原二等官の差し出した箱を、それぞれ受け取った。

「塔経市が常備している、災害時用の固形食料だな」

 麻生は、箱のパッケージをハロゲンライトのぼんやりとした光に当て、確かめる。

「どうやって持ち出したんだ? まさか保安官は、警邏の際に必ず非常食を配給されてい

るわけじゃないだろう?」

「情報部の仲間が、残量数を調整してくれました」

 水原二等官が、にやりと笑った。

 最後の段を降りた晃は、突然、ぬっ、と後ろから差し出された非常食の箱に、驚いて思

わず「うわっ」と仰け反る。振り返ると、もう一人の保安官が、階段の中程に腰掛けて腕

を伸ばしていた。

 水原二等官と同じく、ヘルメットの風防を上げた保安官は、武官とは思えない色白の、

面長の無表情な顔で晃をじっと見据えて「どうぞ」と、低く勧める。

「あ……、えーと、ありがとう、っす」

 相手の、あまりにも表情のない顔に、晃は戸惑う。正面のコンクリ床に腰を下ろした水

原二等官が、軽く声を上げて笑った。

「笠井、背後から無言で突き出したら駄目だって。ちゃんと声を掛けろって言ってるだろ

?」                                      

「……申し訳ありません」

「すみません。笠井三等官は、事情があって、ちょっと言葉足らずのところがあります。

でも、わざとではないので」

 晃は、差し出された携帯食料の箱を受け取って、「はあ」と頷いた。

 晃が腰を下ろし、箱を開ける間も、笠井三等官は、じっと晃の顔を見ている。まるで見

張られているいるようで、どうにも居心地が悪い。

「あの、あんまり俺の顔、見ないでもらえますか?」少々むっとして、晃は笠井三等官を

睨んだ。

 やはり無表情のまま、笠井三等官は「すみません」と頭を下げて、横を向いた。

「ああそうだ」と、水原二等官が膝を片手でぽん、と叩いた。

「木村隊長から、お二人に我々の組織と、この後の作戦について話しておけと、言われて

ました」

「センタービルに、強行突破する以外の方法があるっていう……?」

 浅野が、食事の手を止め水原二等官を見た。

「ええ。潜入作戦がぎりぎりで上手くいったと、つい先程連絡が入りました。実は、現在

この場所に留まって頂いているのも、潜入作戦の次の段階の手筈待ちなんです」

「一体、何が始まるんですか?」浅野が、遠足に出かける前日の子供のような、弾んだ表

情で尋ねた。

 麻生の渋い声が、浅野の期待を裏切るように響く。

「言っておくが、かなり難しい作戦だ。浮ついていると、本当に死ぬぞ。——作戦の説明

前に、まず《奇跡の羽根》の組織の全体を、話しておく必要があるか」

「そうですね。では」と、水原二等官が話し始めようとした時。

 黙々と非常食を口に運んでいた笠井三等官が、不意に「水原さん、合図が来ました」と

声を上げた。

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