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「Aブースの注文、取りに来ました」
ややあって、八木が奥から長身をぬっと出した。
髭面で大柄な八木は、強持ても手伝って威圧感がある。こういうふうに出て来られると、
小柄な晃は、いつも一瞬ぎくりと硬直してしまう。
「クラッシュ・ソーダ一つ。とっとと持ってけ」
ぶっきらぼうにカウンターに置かれたソーダのグラスを、晃は僅かに顔を顰めて受け取
ると、軽く頭を下げて手近の盆に乗せた。
二つの個室ブースは、A、Bという表記になっている。個室は料金が高い分、様々な特
別サービスをつけている。飲食のルームサービスも、その一つだ。
だが晃は、このサービスが苦手だった。
ブースは狭いながら、リスニング・チェア一台とミキシング・マシン、それとテーブル
が一つ、備え付けられている。内鍵を掛ければ、完全な個室である。
ミキシング・マシンは、客がその場で作った音楽や映像を編集、すぐにネット配信でき
るようにセッティングされている。
また、ブース内のリスニング・チェアにはフードがない。ブースの壁面全体がフードと
同じ透明セラミックのスクリーンになっており、映像を選択すると壁面全体に投影される
システムになっている。
晃がルームサービスが苦手なのは、セクハラまがいのことを客にされるからである。
一度は、女性客の注文でルームサービスに入ったのだが、ドリンクをテーブルに置いた
手を取られて彼女の胸元へと押し当てられた。慌てて振り払って飛び出した。
また、ある時は男性客にしつこく絡まれ、危うく殴りそうになった。
もう一人いるバイトの店員は、そう体格も変わらないのに、殆ど被害に遭わないという
のを聞いて、やはり小柄で華奢な体格だけでなく、女顔なのが災いしているのかと、晃は
トラブルに遭う度に憤然とする。
クラッシュ・ソーダの入った透明なグラス一つを盆に乗せ、晃は嫌々ながらAブースへ
と向かった。
個室は全て、オートロックになっている。出会い系のパブではないので、女性同伴での
施錠は原則禁止である。従業員のつけているイヤホンは、ブースのインターフォンにも繋
がっている。晃は手首の操作スイッチを入れた。
「ご注文の品をお持ちしました」
『今、開けまーす』
返って来た聞き覚えのある呑気な声が、晃の脳裏に嫌な予感を浮かばせる。
程なく扉が開いた。盆を掲げて中へ入った晃は、予想した相手が座っていたのに、思い
切り眉間に皺を寄せた。
「……なんで来るんだよ、浅野」
リスニング・チェアの端に腰掛けていた浅野由和は、晃を見上げると、人の良さそうな
長い顔を、にっと崩した。