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笑顔とは逆に、瞳には必死の色を浮かべている浅野の様子を見て、晃は否定の言葉を飲
み込んだ。
浅野もまた、麻生や八木とは別な理由で、戦いに臨もうとしているのだ。友の確固たる
決意を晃に否定する権利など、一切ない。
「では、由和さんは、残られるんですね?」
晃と浅野の話が決まったと見た木村女史が、確認してきた。
浅野は表情を引き締めて、頷いた。
「はい。俺は残ります」
後部座席に乗っていた浅野の母が、車の窓を開けた。晃は、淡い街路灯の光に浮かぶ、
心持ち悲しげな母親の表情に、胸が痛んだ。
「おまえが戦うと決めたのなら、仕方ないわね。お父さんには、私から言っておきます」
「うん。……ごめん、母さん」
浅野は、窓から中へ手を入れ、母の手をしっかりと掴んだ。浅野の母がその後なにかを
息子に告げたが、晃には聞き取れなかった。
浅野は母の手を放す。するすると車窓が閉じられた。
「では、これから副局長のご家族をGー1ポイントへお連れします。……水原二等官」
木村女史は、エアカーの傍らに並んでいる二人の保安官の、右側の一人を呼んだ。
水原二等官が踵を合わせ、元気よく「はっ!」と応える。
晃は、きりりと敬礼をする若い保安官へ、目を向けた。
「お二人を援護して下さい。くれぐれも怪我など負わせないように」
木村女史が発した命令は、浅野の母や兄弟への心遣いだろうと、晃は思った。晃と浅野
を庇いながらの戦闘では、尋香を倒すのは不可能だ。
十分に分かっていながら、水原二等保安官は「はい!」と、勢いよく応じた。
元部下の様子に微笑んで頷き、木村女史はエアカーの運転席のドアを開ける。
「では。ご一家をお送りしたら、私も急ぎ合流します。……晃くん」
晃は、スクリーン・グラスを外し、じっと見詰めてくる木村女史の、薄闇でもはっきり
判る赤茶の強い瞳を、怯まず見返した。
「誰でも、命は一つしかない。その一つは、他に替えることができないものです。だから
こそ、君も絶対に自分の命を、守って下さい」
妹の美鈴の事故の全容と、遺体の内臓消失の謎は、自分が体を張っても解明しなければ
ならない。が、晃自身が死んでしまっては、美鈴の無念も晴らせない。
今更だが重要な言葉を、元公安特殊警邏隊隊長であり、センターの私兵、尋香と、ずっ
と戦ってきた人から言われ、晃は改めて肝に刻む。
木村女史が運転席に乗り込む。車は動力を入れられ、ゆっくりと浮上する。
両翼が三角形に張り出した公安専用の九人乗りの銀色のエアカーは、まるで大海をゆっ
たりと泳ぎ渡るエイのようだ。仄かな光に揺らぐ夜に沈む住宅街の路を、緩やかな坂に沿
って人工のエイが上っていく。
低い街路灯に照らされながら、次第に小さくなる車体を見送り、晃は、ぎゅっ、と拳を
握った。
これから先どんな凄絶な戦いになるのか、分からない。たとえ傷付いても、自分は全て
を知るまで、前に進む。
自分を守る。絶対に死なない。
木村女史の言葉を、今一度じっくり胸中で繰り返す晃の背中を、麻生の大きな手がぽん、
と叩いた。
「大丈夫だ。戦う目的をしっかり持っている人間は、簡単に死んだりはしない」
振り返った晃に対し、麻生は僅かに片頬を上げ、力強く頷いてみせた。