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レリア・Dーiウイルス感染の特徴である『羽化』の犠牲者は、主に十代の少年少女だ
った。が、他の年齢層も相当な多人数が亡くなっており、特に体力のない小児と高齢者は
細胞変化の初期段階、つまり『羽化』に至る前の高熱によって、多くが命を落とした。
人口の少ない塔経市では、三人以上の子供を持つことを奨励している。中奥区の住人は
経済力もあるため、子供の数が多い。晃も亡くなった長兄と妹の美鈴を含め、五人兄弟で
ある。
いくら兄弟が多くても、周期的に襲ってくるレリア・ウイルスによって、幾人かは確率
的に、必ず殺される。十二年前の大流行の時、欠けたのが長兄だけだったというのは、晃
の兄弟は幸運だったと言っていい。
長兄の壮絶な死を見ている晃には、浅野が幼い妹の死に直面し、心にどんな傷を抱いて
いるのか、よく理解できた。
だが、晃は、もう二度と親しい人が傷付いたり死んだりする姿を見たくなかった。
「駄目だ。浅野は、ご家族と一緒に、塔経市を離れろ」
八木や麻生が傷付くのも、本音としては辛い。しかし、八木たちは戦闘に慣れている。
彼らの協力がなければ、戦い方など何一つ知らない晃一人では、とうていセンターには立
ち向かえない。
晃は意志を込めた、強い眼差しで浅野を見詰める。
「浅野は、公安副局長の息子だろ。普通の大学生だし。そんな人間が、わざわざ危険に首
を突っ込むな」
途端、浅野は苦笑した。
「日野だって、ついこの間まで、ただの大学生だったじゃないか。それに、俺は父を尊敬
はしているけれど、父の職務のせいで特別視されるのは、特に、日野にそう思われてるの
は、嫌だ」
友達だろ? と念を押され、晃は、少なからず浅野に対して、己が転落者であるという
劣等感を持っていた事実に気付く。
恥じて黙った晃に、浅野は静かな声で言葉を続けた。
「俺も、十二年前、レリア・Dーiウイルスに感染した。でも、俺は『羽化』しなかった
し、あまり熱も出なかった。どうして軽く済んだのか、医者も首を傾げたくらいだ。でも、
俺が軽症だった代わりに、妹が、死んだ。……俺は、コリンを助けることで、妹に償いた
いんだ」
それに、と、浅野は晃の肩に手を置いた。
「俺は、日野も助けたい。なんでかな……、日野の歌を聴いた時から、無性に、日野の
『声』をずっと聴いていたくなった。無くしたくないんだ」
晃は目を見開いた。真樹区の浮浪者の老人たちも、同じような言葉で晃の歌を褒めた。
『晃の声は、わたしらを空へ連れてってくれる』
麻生が着ている外套に似た上着を羽織った浮浪者たちが、皆、晃の『声』に惹き付けら
れて、崩れた野外ステージに集まって来た。
まるで、灯火に魅せられた虫たちのように。
麻生もそうだ。晃の『声』には、不思議な説得力があると、言っていた。
どうして皆、晃の『声』にこだわるのか?
戸惑い、晃は視線を、浅野から薄闇の中に沈む家並みへと泳がせた。
「俺には……、誰かに惜しまれる資格なんて、ない」
「日野本体にはなくても、日野の『声』には、あるのかもな?」
思わぬ返答に目を戻すと、浅野はおどけた表情で晃の目を覗き込んできた。
「日野が何度しつこく駄目って言ったって、俺は一緒に行くよ」