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空を飛ぶ  作者: 林来栖
第四章 香りと羽根
47/113

10

 外は、いつの間にか、夜の色に染まっていた。

 微かな錆の臭いの混じる春の夜風が、木々の枝を軽く揺する。かさかさという枝々の擦

れ合う音以外、高級住宅街に聞こえる音はない。

 迎えの公安のエアカーは、無気味なほど静まり返った家々の並ぶ路上で、動力を切って

浅野邸の門前に待機していた。

 エアカーには、既に浅野の母と弟妹が乗り込んでいた。車の横には、木村女史と、戦闘

用の上下濃灰色の防弾ウェアにフルフェイス・ヘルメットを被った保安官が二人、立って

いる。

 木村女史や麻生の仲間だと聞かされていても、晃は保安官の制服に、一瞬ぎくり、と緊

張した。

「急いで下さい! そろそろ、センターが私たちの工作に気付いて、公安の小隊を引き返

させる頃です!」

 木村女史は浅野を促すと、自分は運転席へと向かう。浅野はエアカーの傍までくると、

不意に足を止め、晃を振り返った。

「日野は、何がなんでも、コリンを取り返すよな?」

 酷く真摯な表情を、門柱の照明と、路肩に定間隔で設置された低い街路灯の明かりが、

青白く照らしている。

 晃は、自分の心の裡を見通そうとするかのように、じっと見詰めてくる浅野の瞳を、腹

を据えて、きっ、と見返した。

「ああ。絶対、コリンを取り返してくる」

 僅かに口角を上げて、浅野が頷く。直後、唐突に木村女史を振り返った。

「俺も、コリン救出に同行します」

 晃は驚いて、浅野の肩を掴んだ。

「おい! なにバカなこと言ってんだ! 敵陣に乗り込むんだぞ! 無事で済むわけねえ

の、分かってんだろうが!」

「そんなの、百も承知」浅野は笑って、肩に乗った晃の手をゆっくりと外した。

「危ないのは、日野だっておんなじじゃないか。俺もコリンとは、最初っから関わってる

んだし」

「……あっちには、尋香がいる」

 晃は、襲撃に遭った時の痛みを思い出し、苦い気持ちを抑えて言った。

「ただの女たちじゃないってことは、浅野だって十分に知ってるだろうが。あいつらを相

手に戦わなくっちゃなんないんだ。下手したら、殺されるかも知れないんだぞ」    

 浅野が死ぬようなことがあれば、立場を顧みず麻生や木村女史に協力し、コリンを匿っ

てくれた浅野の父に申し訳がない。

 もちろん、晃の心の中では、まだ公安を許してはいない。だが、悪しき中に身を置きな

がら、悪に染まらず不正を糺そうとしている浅野副局長という人物には、敬意を抱いた。

 その人の家族を巻き添えにして死なすことは、晃の義心が許さない。

「浅野は来るな。いいから、来るな。コリンの救出は、俺のわがままだ。麻生さんや八木

さんが付き合ってくれるのは、他に目的があるからだ。でも、浅野には……」

「日野はコリンを、死んだ妹さんのように思ってるんだろ?」

 浅野は笑んだまま、心情を吐露した。

「俺も、おんなじなんだ。十二年前、レリア・Dーiウイルスに感染して、僅か三歳で死

んだ妹を、俺はコリンに重ねて見てた。俺にとっても、コリンは妹みたいなものなんだ」

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