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「ちょっと待てって!」
疑う一方で、晃は、先刻ちらっと木村女史と麻生が見せた決意を、信じたいと思ってい
る。『死を賭してセンターと戦う』と語った木村女史の言葉を、真のものと思いたい。
木村女史を呼び止める晃の腕を、後ろからきた麻生がぐいっ、と引っ張った。
「つべこべ言っている暇はない。急いで動かなければ、本当に敵側のセンターの奴らがく
る。さっさと歩け」
「何だよ、どういう意味だ……っ」
皆まで言わせずに、麻生は晃を引き摺って階段を上り始める。桁外れの膂力を有する麻
生の隻腕は、晃が止めろと喚き、暴れても、掴んだ襟を離さない。
十段ほどの階段を、地上への出口手前の踊り場まで上る。先に上がった浅野の母が開け
た鉄格子の扉を潜ったと同時に、麻生は晃をコンクリートの床へ放り出した。
「いってえ!」
転がされて、左上腕をしたたか打った晃は、痛みに顔を顰めながら麻生を睨み上げる。
座り込んだ晃の前に立った麻生は、鬼神の如き様相で晃を見下ろした。
「由貴たち保安官が使用する体内送受信機は、公安局情報課のコンピュータを経由して通
信する。発信者には、それぞれ数字、アルファベット混じりで、ハイフォンを真ん中に入
れた八桁の番号が振り当てられている。退職者は、基本は送受信機を取り除き、番号を抹
消するが、希望した者にはそのまま残す。その代わり、送受信機を残した者は待機保安官
としての職務を要求される。待機保安官は、緊急手配者の特定や捜査に協力する義務を負う」
「待機保安官は、現職と違い、常に行動を公安のコンピュータで追跡されることはないんだ。
ただ、着発信を行うと、時刻と地点は記録される」
麻生の話を補足した浅野が、困ったような、済まなさそうな表情で晃の腕をそっと掴む。
浅野も、麻生や木村女史の事情を知っていたのだ。晃は少々の気恥ずかしさを覚えなが
ら、引き上げる浅野の腕に従い、立ち上がった。
「じゃあ、さっきの店長との連絡で……」
晃は左上腕を押さえながら、木村女史を見た。木村女史は薄く笑んで頷く。
「私と八木さんが連絡を取り合った地点は、公安に特定されたわ。もっとも、地下道の存
在は、保安官には知らされていない。多分センターの人間も、知らないでしょう。けれど、
公安のコンピュータでの場所の特定は厳密だから、地点に到着した保安官が地下道の存在
に気付き、出入り口を見つける危険がある。それで、一刻も早く動く必要があったの」
知らなかったとはいえ、自分が勘ぐり、ごねたために、危うく皆を危険に晒すところだ
ったのだ。晃は、内心で焦った。
「発信地点から即座に離れれば、確かに追跡して来る保安官からは逃げられます。……で
も、公安から迎えが来るのだったら、乗っている現役保安官の体内送受信機で場所を特定
されちゃいますよね?」
浅野が、緊迫した高い声の調子で、尋ねる。木村女史は柔らかい声で返した。
「現役の仲間は、私たちを捜索するという名目でエアカーを出しています。こちらに到着
しましたら、運転は私が代わります」
「しかし、それだと、あなたと交代した現職の保安官は、俺たちを逃したとセンターに疑
われませんか?」
晃は顔を上げ、まだ不安な表情を戻さない浅野を見た。木村女史は、見詰める浅野の脇
を、落ち着いた足取りで通り抜け、地上への階段の縁にブーツの爪先を乗せた。