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空を飛ぶ  作者: 林来栖
第四章 香りと羽根
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2

「ここの他にも、幾本かの枝道で落盤が起きて、オオトゲアレチウリが地下へ入り込んだ。

中奥区を縦断するこの道は、まだ無事だが、さっきの様子じゃあ、いずれこの道もオオト

ゲアレチウリで埋まるだろうな」

 塔経市の地下に掘られた道が、どれくらいの長さになるのか、晃は知らない。だが、地

下道の全てを、オオトゲアレチウリが埋め尽くしたとしたら……

 繁殖力の強いオオトゲアレチウリは、やがて地下から地上へと芽を出すかもしれない。

そうなれば、塔経市は全滅する。

 硬い表情の麻生の隣で、晃は思わず片手の拳で口を覆う。言い知れぬ恐怖が、背を震わ

せた。

「この地下道は、忘れられた場所だ。市の記録には残っていない。俺たちが見つけたのも、

偶然に近い。亡くなった史跡研究をしていた仲間の覚え書きから、この地下道が分かった

んだ。市の記録がないのは、中央が、自分たちが犯した過ちを隠蔽したいがためだ。しか

し、放っておけば、いずれオオトゲアレチウリが地下を占拠する。それでも、中央は見て

見ぬ振りを続けるんだろう。自分たちの保身のために。……人間は、自らの業で滅びる運

命なのかもな」

 落胆とも、諦めともつかぬ表情で呟くと、麻生はまた歩き出した。

 確かに、麻生の言う通りかもしれない。人間は自分たちの強欲に溺れ、結果としてレリ

ア・ウイルスという恐ろしい禍を引きずり出してしまった。

 欲と驕りの代償が人類の滅亡ならば、それはそれで仕方がない。

 だが今は、暗い未来に震撼している場合ではない。沸き上がった恐怖心を無理矢理どう

にか胸の奥に押さえ込むと、晃は麻生の後を追った。

 薄暗い地下道を、晃は麻生とともに黙々と進んだ。

 しばらく歩き続けたあと、麻生は左手に現れた枝道へと入った。

 枝道は、僅かに登り坂になっている。傾斜の感じが、浅野の家へ向かう坂に似ている。

晩春の花が、道沿いに並ぶ豪奢な家々の庭を飾る光景を、晃は思い出していた。

 さらに坂道を進み、麻生は右手の枝道へと折れた。

 地下道はそこで止まっていた。無骨なコンクリートの壁が、晃たちの眼前に立ち塞がる。

壁には右下に鉄扉が取り付けられていた。

 後から取り付けられたと思われる鉄扉の取っ手を麻生が回した時。

「誰だ!」と扉の向こう側から鋭い声がした。聞き覚えのある声に、晃は答えた。

「俺だ。日野晃」

 扉が開いた。通って来た地下道と変わらぬ薄暗い明かりの中で、浅野がほっとした表情

で立っていた。

「どうして、こんなところにいるんだ?」

 尋ねつつ、晃は中へと入った。扉の内側は、五メートル四方ほどの広さだった。

 地下駐車場の作りかけ、といった感じの部屋だった。壁は通ってきた地下道同様、コン

クリートの打ちっ放しである。天井も、これから細工するつもりだったのだろう、電線の

穴は切られているものの、工事用のハロゲンライトがひとつ、ぶら下がっているだけだ。

 奥に鉄製の階段があり、浅野の母親と弟妹が座っていた。

 晃の問いに、浅野は、普段いつも柔和にしている表情を苦渋に歪めた。

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