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「《羽化しても生き残った人》か……。やっぱり、優しいやつだな、ヤブ医者は。あの人
以外の医者は、俺たちの仲間を『変異種』だの《ウイルス・モンスター》だのって、軽蔑
して呼んだよ。人間扱いなんて、一切なしだった」
晃は心臓を鷲掴みにされた気がした。
十二年前、変異した兄の体を見た時、気の毒だと思うと同時に、途轍もなく恐ろしいと
も感じた。自分たちとは全く違う、異質な生き物に兄は変貌してしまった——。
人間は往々にして、異質な者を排除しようとする。言語や肌の色、言動などで、己と他
者を比べ、近しい者のみで集団を成す。
自分たちの集団の特性から少しでも外れる者は、異端と見なし、時には激しい弾圧を加
える。死んだ長兄や麻生のように、著しく人の形から外れてしまった者は、尚更だ。
だが、表面的に異質となった者を一方的に悪と決め付け、排する行為は、決して正義で
はない。正義とは反すると分かっていても異端を排そうとする陰には、異質に対する人間
の本質的な恐怖心がある。
変わり果てた姿の兄が恐かったように、晃は、今まさに自分の眼前にいる麻生が恐い。
はっきりと『恐い』と意識しているわけではない。無意識下で、感じているのだ。麻生
から香る花のような匂いを嗅ぐと不快な気持ちになるのも、意識の表面に昇ってこない恐
怖心からだ。
自分が、かつて麻生を化け物呼ばわりしたという医師たちと同じだと感じた晃は、いた
たまれない気持ちになり、麻生から目を逸らした。
麻生は、晃の心情など気付かぬ様子で話し続ける。
「……八木は、あいつからも聞いてるだろうが、幼馴染みだ。小中高と一緒でね。腐れ縁
っていうのか、クラスまでほとんど同じだった。八木は、俺がレリア・Dーiウイルスに
感染して羽化した後も付き合ってくれた、数少ない『まとも』な知り合いだ。……幼馴染
みというだけの縁で、あいつをトラブルに巻き込んだのは、済まないとも思っているんだ
がな」
最後のほうは自分自身に語るように、麻生は呟いた。晃は、自分より頭一つ背の高い隻
腕の男の、精悍な顔に浮かぶ微かな後悔の表情を、複雑な心境で見上げた。
「店長は……、きっと迷惑だなんて思ってないですよ」
店に飛び込んできた見ず知らずの少女の怪我でさえ、文句を言いながらでも、きちんと
看病した八木である。晃よりもずっと強い胆力を持っている八木は、変貌して寄る辺を失
った幼馴染みの麻生を、放ってなどおけなかったのだ。
思ったままを素直に口に出してしまった晃を、麻生は初めて見る動物を眺めるかのよう
な顔で、じっと見る。
「なん……、ですか?」穴が空くかと思うほど眺められて、気恥ずかしくなった晃は、思
わず片眉を上げ、麻生を睨んだ。
麻生は、ほんの僅かに微笑むと、「いや」と首を振った。
「君は、どうも不思議な力を持っていると思ってな。歌声もそうだが……。君の声には、
聞く者を納得させる何かがある。尋香が——例の女たちのことだが——君を付け回すの
も、もしかすると君の『声』に用があるのかもしれない」
またも初めて聞く言葉である。音だけでは意味が分からず、晃は首を傾げた。
「『尋香』って、どうゆう……?」
「《香りを尋ねるもの》さ。どうも、俺たちには独特の『匂い』があるらしい。自分では
分からんのだが、あの女たちは、その特殊な『匂い』を嗅ぎ分ける能力を持っているんだ」
晃は、愕然とした。