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空を飛ぶ  作者: 林来栖
第三章 追うもの
36/113

11

 八木に抱きかかえられ、晃は大破する寸前のエアカーから路上に転がり出た。叩き付け

られる衝撃を弱めるため、ころころと路面を何度も転がる。

 硬い路面との摩擦であちこち打ち身や擦り傷ができ、ずきずきと痛んだ。が、のんびり

痛みを感じている暇はなかった。

「立て!」頭の上へ、八木の鋭い声が落ちる。晃は反射的に飛び上がるようにして立ち上

がった。

「走るぞ!」と叫ぶなり、八木が駆け出す。晃も後に続いた。八木の先に、麻生と木村女

史の走る姿が見えた。

 背後からは、公安保安官の制止の声と、追って来る靴音がする。必死に八木の背を追う

晃の耳に、木村女史の指示が聞こえた。

「『風の御殿』へ!」

 先の八木が、路を左に曲がる。続いた晃は、曲がったすぐの左側に『シャトー・オブ・

ウインド』という看板を見つけた。

 3Dレーザーで宙に描かれた、くるくると回るアルファベットの下に、同じく回転して

いる赤い矢印が見えた。矢印に従って、晃は奥の黒塗りの階段を駆け降りた。

 先に降りた八木が扉を押さえ、待っていた。晃が走り込むと、八木は素早く扉を閉じた。

 中は狭いカウンターバーだった。細長い止まり木に客が二人いた。何事かと晃たちを振

り向く。

 カウンター内でグラスを拭いていたマスターが、目を上げた。

「どうした?」

「公安に仕掛けられたわ」

 木村女史が敏捷にカウンターに入る。

「間もなく、ここに来るわ」

 無言で頷いたマスターが、カウンターの右端に並べていたワインボトル四本を退け、下

に隠されていたキーボード・パネルの蓋を開ける。

 軽い手さばきで操作すると、背後の棚の下半分が消えるように開いた。

「早く」と、木村女史は、晃に向かって手招きした。晃はカウンターの内側へ入り、ぽか

りと開いた棚の穴を、屈んで通る。

「みんなも、隠れたほうがいいわ」

 背後で木村女史がマスターに告げる声と、店の扉が開く音が重なる。振り向こうとした

晃の背を、麻生が強く押した。

「何するっ……!」

「振り向いてる暇はない」

 強い隻腕に二の腕を掴まれ、晃は引き摺られるように、コンクリートを打ちっ放しの、

薄暗い階段を下りる。

 足音は、晃と麻生の二人分だけだ。十五段ほどの階段を下りながら、晃は、不安と恐怖

に早鐘を打つ己の心音を感じる。

 階下に降り切ったところで、麻生は晃の腕を放した。

「木村さんと、店長は……?」

 晃は恐る恐る階上を見上げる。開いていたはずの棚の下は、ぴったりと閉じられている。

 木村女史と八木は逃げ遅れたのだ。おそらくマスターや、多分、麻生の仲間かと思われ

る、店の客たちも。

 旧式のハロゲンライトに照らされた麻生の顔は、苦汁に歪んでいる。

「仕方ない。だが、由貴や八木のことだ、公安連中に簡単に捕まるへまはしないだろう。

……俺と君は、あいつらを信じてやるしかない」

 行くぞ、と歩き出した麻生の体からまたも匂う花の香りに、晃は眉を顰める。

「飯山先生が、麻生さんは《羽化しても生き残った人》だと、教えてくれました。八木さ

んも、あなたたちの仲間なんですか?」

 麻生が振り返った。晃を見る強い表情に、ゆっくりと自嘲が広がっていく。

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