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エアカーが南外縁を出て、水名渡区の北辺に入る。旧市街の、路地の多い入り組んだ道
は終わり、新市街の整然とした道路が現れる。
新市街の道には、全てエアカーの自動運転に対応する誘導センサーが、路面に組み込ま
れている。二百年前に機能を失った真樹区には存在しないシステムである。木村女史は、
手動から運転を自動に切り替えた。新市街では、手動運転は全面禁止である。
晃は、木村女史から出た、聞き覚えのない単語について、おずおずと尋ねた。
「あの、センターって? それに、あなたたちの組織というのは……?」
「センターは、国立免疫センターの略だ」
麻生がぶっきらぼうに答えた。
「二百年前、初めて人類がレリア・ウイルスの脅威に晒された後、二度と大規模な被害を
出さないために設立された。現在の活動名目は、ウイルス感染による病理の研究と予防だ。
ところが、実質は違う。奴らの真の研究目的は、人の進化だ」
「人の、進化……」
晃は急に鼓動が早まるのを感じた。
『進化』——その言葉が晃の頭の中で渦を巻く。と同時に、何かが、自分の体の中で目覚
めようとしているのを感じる。
ずっと長い間、晃の中に眠っていた『何か』が、『進化』という言葉を鍵に、動き出そ
うとしている。あくまで感覚でしかない。しかし、晃には確実な事柄として『何か』の胎
動が、明瞭に感じられた。
得体の知れない恐怖に、晃が俯いた直後。
「追って来ているわ」
木村女史の緊迫した声が車内に響いた。
「奴らが俺たちの行動を逐一しつこく監視しているのは、周知のことだ」
何を今さら、と鼻を鳴らした八木を、木村女史は、スクリーングラス越しに切れ長の形
良い目で睨んだ。
「監視をしている時と、追尾の仕方が違うわ。姿を現している。ほら」
木村女史は、進路モニターの下の車体周囲確認モニターを指差した。
晃は身を乗り出し、画面を見た。映し出されたすぐ後方の赤い車体のエアカーには、若
い女性が乗っている。
晃は、女がコリンと同色の長髪なのに気が付いた。
「俺を襲った女……」
苦みと、怒りが晃の胸に広がっていく。思わず後部ガラスを振り返った晃の肩を、隣席
の八木が強く掴んだ。
「見るな。相手の意図が分からん以上、しばらく気付かない振りをしておけ」
八木の渋い顔が、直後の衝撃に歪んだ。