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飯山医院の中は、女たちに襲われた晃が麻生に運び込まれた時とは、様相が一変してい
た。
診察室の机は真っ二つに割られ、診療用のコンピュータもばらばらに壊されている。簡
易手術室の手術補助ロボットやマニピュレーターも、粉々に近く壊されている。
手術室の床には、大量の血液が溜まっていた。
「荒っぽい真似しやがったな」渋い表情で、八木はしゃがんで床の血に触れる。
晃は訳が分からず、ただ呆然と争った形跡の残る室内を見回す。
「どうして、飯山先生が……? 例の女たち がやったのなら、何の理由で?」
「恐らく、俺たちに関する事柄だろうな」
憤りを抑えた八木の声に、晃はようやく女たちの行動の意味に気付いた。
飯山はコリンの現在の主治医だ。だから、女たちは飯山を狙ったのだ。
「あいつらは、市の非公式組織の兵隊だ。ターゲットは必ず、どんな手を使ってでも捕ま
える。邪魔だと判断した者は、完全に排除する」
晃は、ぞっとした。八木のいう排除とは、邪魔者は殺す意味も含んでいる。
殴り倒された時、晃にそれ以上の危害を加えなかったのは、『次は殺す』という警告だ
ったのだ。
「殺人までして、捕まえようなんて。コリンにどんな秘密があるんだ……」
呟いた声は、自分のものとは思えぬほど震えていた。晃が、例の女たちへの己の中の恐
怖に眉を顰めた時、麻生が手術室の扉前に現れた。
「連中、どうやらコリンをおびき出すために、飯山さんを攫ったようだな」
破壊の被害に遭い、青色だけが強調されている天井のLEDに照らされて一層ぼーっと
青白く見える麻生の顔が、晃と八木に交互に向けられる。
「コリンは無事か?」
「多分」八木は険しい表情で答えた。
「浅野副局長の自宅にいる。連中でも、さすがに副局長にまでは手が出せまい」
「なら、いいがな」中に入って来た麻生は、八木よりさらに険しい顔で、足下に散らばっ
た手術器具を見下ろす。
レーザーメスの壊れた先端を拾い上げようと伸ばされた麻生の左手が、医院の玄関が開
いた音に、ふっと止まった。
ブーツの踵が廊下の床面を忙しなく踏み鳴らす高い音が、こちらへ近付いて来る。現れ
たのは、先刻も会った登詩磨区の市立大図書館の司書嬢だった。
八木が、訝しむ顔で尋ねた。
「どうした? 木村」
「浅野副局長が襲われたわ。場所は、登詩磨区南。旧イーデルランド大使館跡よ」
「なんだって?」驚きのあまり、晃は思わず声を上擦らせる。
八木は低く唸った。
「いよいよ、なりふり構わなくなってきやがったな」
「伊勢さんたちからの連絡だと、別の一隊は副局長の自宅へ向かったらしいわ。ご家族に
も危害が加わる危険が高いかと」
「コリン!」晃は走り出した。
コリンが危ない。美鈴と面影が重なる少女を、何としても守らなければ。
ただ一心にコリンを救うことだけを思い、晃は飯山医院を飛び出した。