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晃は、美鈴の遺体が帰って来た時と同じ怒りが、体の中から突き上げるのを感じた。
「それで八木さんは、有耶無耶にしちまったんですか。部下の死を。そのまま、ほっかぶ
りしちまったんですか。知らん振りで、自分はのうのうと店なんか出して暮らしてたんで
すか」
言ってしまってから、晃は違う、と思った。
自分が感じている怒りは、八木へのものではない。八木に当たるのは、お門違いだ。
晃は、反省からの気恥ずかしさと、次にくるであろう、八木の痛烈な侮蔑を躱すために、
口を尖らせ八木から視線を外す。
が、予想に反して、晃の頭上に、八木の静かな声が降って来た。
「機会を待っていた」
意図せぬ上司の態度に驚いて、晃は八木を見上げる。 八木は、声と同じく静かな表情で
晃を見返した。
「俺の部下の解剖所見は、部下が保安官であったという理由で、一般公開はされない。書
類を公安局の事故処理部から引っ張り出すには、別な不正を挙げ連ねるしか手がない。そ
の一つが、おまえの妹の解剖所見だ。日野美鈴の解剖が不正な行為を含むものであったな
ら、必ず他の書類も再調査の対象になる。公安は、立場上は絶対に公正でなければならな
いから、たとえ自分たちの不利になると分かっても、不正所見は発表するはずだ」
「じゃあ、あんたは俺が美鈴の兄だと知ってて、雇ったのか?」
確かに、雇われた当初を思い返すと、不自然な場面が多かった。
八木は面接の時、晃の顔を一度も見なかった。ずっと履歴書に目を落としていた。
それに、そもそも晃がホワイト・ウインドに職を求める切っ掛けが、大学の友人の紹介
だった。晃や浅野と同じ高次コンピュータ分析科の、名前は忘れたが、確か親が、浅野と
同じく公安局のお偉方だった男だ。
晃は思い出して、はたと思い至った。
「もしかして……、あんた、浅野の親父を知ってんのか?」
八木は、今度こそ呆れたという表情で、まじまじと晃を見た。
「おまえは、真性の大馬鹿か。保安官だった俺が、公安局副局長を知らなくてどうする」
晃は苛ついて首を振った。
「違う! 個人的に、だ。あんた、俺を自分の店に来させるために、浅野の親父に頼んだ
んじゃないのか? それで、浅野が直で俺に、あんたの店に行くように言ったんじゃ、ば
ればれだから、別の友達に言わせて……」
「考え過ぎだ。下っ端の一保安官にすぎなかった俺が、どうしてお偉方に頼み事なんかで
きる? 子供でも分かる理屈だろう」
道理では、八木の言う通りだ。だが、晃は何となく引っ掛かりを覚えた。
「だけど、だったらなんで、あいつがあんたの店を俺に紹介したんだ?」
「大学の掲示板の募集でも見たんだろう」
面倒くさそうに顔を歪め、八木がぶっきらぼうに返す。納得できず、晃は食い下がった。
「あんたの店の店員募集なんて広告、俺は中奥大の掲示板では見かけなかったぜ」
「他の大学の掲示板にあったんだろ」
「そんな屁理屈……」
勢い込んで言い募ろうとした晃の声は、八木の携帯の呼び出し音に止められた。
繋いだ片耳のイヤホンのスイッチを入れ、八木が応答する。
短いやり取り。通話を切った時、八木の表情が険しいものに変わっていた。
「飯山医院が襲われた。ヤブ医者は、奴らに捕まったようだ」