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空を飛ぶ  作者: 林来栖
第三章 追うもの
30/113

5

 扉のついた棚と棚の間の細い通路を躊躇なく歩く八木の背に、晃は猛然と殴り掛かる。

 が、固めた拳が届く寸前、振り向いた八木の足が、晃の右の脛を蹴上げた。

 骨が折れたかと思うほどの痛みに、我慢できず前へ倒れる晃の襟を掴んだ八木の逞しい

腕が、そのまま晃を宙吊りにする。

 氷のような視線が、痛みと怒りに引き攣った晃の顔を見下ろす。

「本気で、おまえは馬鹿か」

「放せっ!」

 八木は僅かに片眉を上げると、晃の襟を放す。どさりと床に落とされた晃は、したたか

蹴られ、ずきずきと痛む右膝を引きずりながら上体を起こした。

「こんなところで、まだじゃれたがるようじゃ、妹の無念なんぞ晴らせんな」

 晃はぎっ、と、八木の鋼鉄の表情を睨み上げた。

「……あんたに、何が分かる! 美鈴は、美鈴の体は、誰とも分からない連中の手で、切

り刻まれていたんだ! 内臓を全部抜き取られて、代わりに汚らしいぼろを詰められて、

まるでゴミみたいな扱いをされて! 傷口は縫われてもいなかったんだ! 血に塗れたま

ま、半透明の粗大ゴミ用パックに入れられて、役所の奴は、美鈴の遺体の入ったパックを、

まるで宅配物か何かのように、無造作に玄関先に置いたんだ!」           

「だから?」八木の、鋼より硬い声が、スチール棚ばかりの空間に響いた。

 晃は一瞬、呆気に取られ、八木の長身を見つめる。

「『だから?』って……? あんたには、人間の情がねえのか? 妹だぞ。血を分けた妹

の遺体が、別に法を犯したわけでも何でもない、むしろ交通事故の被害者なのに、汚物み

たいに扱われて。それで頭に来ない家族が、どこにいる!」

「俺のかつての部下は、頭をもぎ取られて戻って来た」

 八木の抑揚のない声が紡いだ信じられない言葉に、晃は思わず目を見開く。

「それは、どういう……」

「十二年前のレリア・Dーiウイルス大流行時、俺は公安二課所属の保安官だった。二課

の仕事は、治安維持だ。俺は、レリア・Dーiウイルスの『特異病状』によってパニック

を起こした連中で大混乱になった真樹区南外縁に、部下五人と共に混乱沈静化のため向か

った。だが、パニックはエスカレート。暴徒と化した市民に武器を奪われ、逆に殴られて、

俺はその場に倒れた」

 外縁での、狂暴化し暴れる人々の様子は、当時インターネットニュースで頻繁に映され

ていた。晃も、ニュースの度に凄惨な映像を見ていたのを記憶している。

 当時を思い出し苦いものが込み上げ、顔を顰める晃とは逆に、八木は全く表情を動かさ

ずに続けた。

「気が付いた時、俺は搬送先の病院のベッドに寝ていた。周囲に部下の姿はなかった。部

下たちの安否を看護師に尋ねたが、その時は明確な答がなかった。どうなったか分かった

のは、俺が退院した後だった。部下の一人が、公安二課の宿舎に遺体で戻って来た。頭部

はなく、指紋の照合で本人と確認できたという書類がついて来た。俺は公安上部に事情確

認の書類を出したが、回答は当然ながら一切なかった。部下の遺体は、なぜ頭部がないの

か不明のまま、実家へ送られた」 

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