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スタンド席の客のために通常十ルクス程に落としている照明をやや明るくしてもらい、
晃は、五台あるリスニング・チェアのうち、壊れた一番右端の一台を修理をしていた。
この国が昔、奥津国と呼ばれていた時代の神話に登場する女神が座る人を抱くようなデ
ザインの硬化セラミック製のパールホワイトのリスニング・チェアの後部のパネルを開け、
中に超小型自動修理機を入れる。簡易型のロボット修理屋は、人工タンパクで柔軟に動く、
まるで全身が針だらけの尺取り虫のような形をしている。
ロボット修理屋は、赤外線小型カメラで現在位置と破損の有無を、晃の持ったリスニン
グ・チェアの構造パネルに映し出す。
修理屋は、修繕箇所を見付けると、自分の能力で修復可能かどうかを瞬時に判断、可能
なものはすぐに体の針を使って直し始める。そうでないものは、人がパネルで見てどうす
るか判断するよう促す。
リスニング・チェアは、透明セラミック部分に投影される映像が映らなくなっているの
だが、今のところパネル上には原因箇所が提示されていない。
「……断線じゃねえのかよ。単なる配線切れなら問題ないんだけど。……違うなあ。ああ、
もう、なんで素人の俺が、こんな厄介なもん直さなきゃなんねえんだよ」
開店以来ずっと換えたことのないという、超くたびれた赤いカーペットの上にあぐらを
掻き、晃は唇を尖らせる。
店に出勤した早々、店長の八木からリスニング・チェアの修理の命令が下った。
南外縁のミュージック・パブの多くは、合法、非合法を問わず、この土地を仕切るいく
つかのシンジケートの系列会社の資金で出店している。
だが、ホワイト・ウインドは八木の自前の店である。
雇われ店長とは違い、自分で采配している八木は、些細な修理費でも出すのを渋る。経
営者として当たり前だといえばそうだが、売り物の音響機器の修理くらいは専門家に金払
えと、店員の晃たちからすれば、言いたくなる。
今もそうだ。リスニング・チェアの心臓部の構造は複雑で、ここがだめになっているの
なら素人の晃には手に負えない。
「もう、無理だって。この先はコントロール・ブロックだし。ここがアウトなら、プロじ
ゃなきゃ直せないって」
自動修理機は、心臓部のコントロール・ブロックへは入れない。出口へ引き返して来る
赤い点を見ながら、溜息をついた時、晃の店内連絡用のイヤホンのスイッチが入った。
「Aブースから注文が入った。取りに来い」
イヤホンから響く八木の低音に、晃は思わず「今っすか?」と返した。
「まだ椅子、直ってないし」
「つべこべ言わずに、取りに来い。客を待たせるな」
店の中では絶対君主であるオーナー店長に逆らえる訳もない。晃が「はい」と言うと、
八木は通信を切った。
「……人をとことん、こき使いやがってっ」
イヤホンを耳から外し、晃は毒づいた。