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女たちに襲われた翌日。晃は出勤するとすぐに、コリンの様子を八木に報告した。
額の絆創膏を見た八木は、少々怪訝な顔をしたが、怪我の理由までは聞かなかった。
晩春近くになり、日差しは一段と明るくなった。
ヒトツバタゴの高木の下、地面を覆った雨水吸収セラミックパネルの一部を二メートル
四方に切り取り作られた浅野家の離れの庭の花壇も、春先の花はほぼ姿を消し、初夏まで
に咲く花が、ちらほらと蕾をほころばせ始めている。
花壇の中に立てられた透明な強化合成樹脂の半円形ポールには、遺伝子操作によって生
まれた、陽光の強弱で色の変わるテッセンの大輪の花が、好き放題に巻き付いている。
自分の背丈ほどにまで伸びた蔓に次々と咲いた花を覗き込み、コリンは嬉しそうに微笑
んだ。
「今朝、咲いたのです。綺麗でしょ」
「ああ」と微笑んで頷きながら、晃はずいぶんと変わったと、内心かなり驚いていた。
初めて浅野家にコリンを見舞ったのは、ほんの一週間前だ。あの時は、コリンは発音も
たどたどしく、しかも、解離性同一性障害ではないかと疑うほど、ある質問をすると人格
が変化した。
が、一週間が経った現在では、以前のことを尋ねても、突発的な変化は起こさなくなっ
た。
「やっぱり、解離性同一性障害じゃなかったんだな」
離れのウッドデッキの丸椅子に腰を下ろした浅野が、夢中で庭先の花の周りを飛び歩い
ているコリンには聞こえないよう、小声で晃に言った。
「一週間のうちに、見るみる変わっていってさ。なんかこう……、封印が解けたって感じ
に。ぽつぽつしか話さなかったのが、言葉もどんどん増えていって」
浅野は、観察する動植物の変化を毎日わくわくしながら見ている子供のような顔をした。
「封印を解く、か」
何となく引っかかるものを感じて、晃は腕を組んでウッドデッキの端に腰掛けた。
「いや、まだ分かんないな。俺らは、コリンと付き合って一週間とちょっとでしかない。
けど、コリンの記憶を、どうにかして封印した奴らは、もっとずっと長く付き合ってただ
ろう」
テッセンから四季咲きのバラの蕾が並ぶ場所へと、軽やかな足取りで移動するコリンの
細い姿を、晃は目で追った。
嬉しそうな表情の少女に、思わず自分の頬も緩みそうになるのを、どうにか堪える。
「あの時、俺は直感的に、解離性同一性障害じゃないと思った。だけど、同じ日に例の女
たちに襲われて、違うという考えが怪しいかもしれないと思った。相手は、俺たちの理解
を超えた何かをしでかしてる。とすれば、コリンの記憶を、バラバラに分離した人格に別
々に封印するくらいの工作は、する可能性はある」
浅野は背を曲げて膝に肘を置くと、「なるほどね」と、考え込む顔で頬杖をついた。
「コリンの体に、無数の手術痕があっただろ? あれ、コリンが追い掛けられてるのと関
係あると思う?」
血だらけのコリンの体を濡れタオルで拭った光景が脳裏に蘇り、晃は苦い思いを追い払
おうと首を振った。
「分からない。けど、関係ないとは言えないかもな」
無数の手術痕は、果たして病気によるものなのか。それとも、何か他に理由があるのか。
あるとすれば、何なのか?
考えながら、晃はぼんやりと、またコリンの姿を見詰め続ける……。