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空を飛ぶ  作者: 林来栖
第二章 風に問う
24/113

11

 その当時のことは、晃もよく覚えている。晃は九歳だった。七つ離れていた長兄が、レ

リア・Dーiウイルスに感染、二ヶ月後に『羽化』し、死亡した。

 これまでレリア・ウイルスと長きに亘り戦って来た人類にとっても、『羽化』は初めて

の症状であり、大きな衝撃だった。『羽化』は、患者の肉体を劇的に変化させる。兄の変

貌を間近で見ていた晃は、その凄まじさを、今も忘れることができない。

「レリア・Dーiウイルスは、レリア・ウイルスの変異株の中でも、最も変異の激しい株

です。レトロ・ウイルス全般がそうですが、めまぐるしく変化し、特効薬を作るどころか、

性質を捉えることも難しい。レリア・Dーiウイルスは、その中でも特別な変化を遂げた。

人間の遺伝子の中に潜り込み、わずか一、二ヶ月という早さで、人の肉体を作り替えてし

まった。『羽化』という急激な変化は、骨や背筋、背中の皮膚に留まらず、患者の内臓や

循環器までも変質させてしまいます。患者の多くは変化に耐え切れず、命を落としました。

しかし……」

 飯山は言い淀み、痛みを堪えるかのようにきつく目を閉じる。しかし意を決したように、

また喋り出した。

「変化を遂げても生き残った人もいました。彼らがどうして肉体の変化に対応できたのか、

それは解明されていません。彼らは今、あまりにも変わってしまった体を隠し、ひっそり

と生きています。麻生さんも、その一人です」

 晃は、少なからず驚いた。

『羽化』した者は、肩甲骨が異常に伸びて立ち上がり、皮膚が硬化し、めくれ上がり、立

ち上がった骨を軸に、硬い膜を作る。同時に、内臓が畏縮し、胃が完全に消滅。昆虫のよ

うに腹部に深いくびれができる。

 胃が消滅するため、固形食物の摂取が不可能となる。流動食も、腸の吸収力が低下する

ので未消化となる。肉体が細胞内から変化するため、点滴の栄養剤さえろくに受け付けな

い。結果栄養が摂れずに死に至る。

 また肉体の変化に伴い、高熱が出る。高熱は脳を沸騰させ、蛋白質を破壊し脳死に追い

やる。

 晃の兄は前者だった。高熱でも意識ははっきりしていたものの、栄養摂取ができなくな

り、点滴では追いつかず、餓死した。

 最後はやせ細り、硬化した羽根を入れても二十キロほどになってしまった身長百七十五

センチの体を抱き上げた父は、人目もはばからずに号泣した。

『羽化』に伴う消化器官消滅と内臓圧迫。高熱による脳機能の破壊。

 しかし、そのどれも回復した、あるいは軽微で済んだ『羽化』の患者がいたという事実

が、晃には信じられない。                            

「麻生さんは……、本当に『羽化』したんですか?」

 尋ねた晃に、飯山は真摯な面持ちで「ええ」と頷いた。

「右腕を診察した時、見ました。麻生さんたちは、伸びた羽根を隠すために、常に長い外

套を着ているのです」

「でも、なんで、その……、俺を殴った女たちが麻生さんを追ってるんですか? あの女

たちって、何者なんですか? ってか、どこの組織の連中なんですか?」

 畳み掛けた晃を、飯山は、ひた、と見据えた。

「女性たちの目的は、おそらくレリア・Dーiウイルスの感染患者を確保すること、だと

思います。麻生さんが戦ったのも、女性たちが麻生さんの仲間の何人かをどこかへ連れ去

ろうとしたためだと仰ってました。ただし、女性たちの正体は、僕には分かりかねます」

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