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「ふざけんなよ!」
晃は心底から頭にきて、怒鳴った。
「なんでもかんでも『おまえは、余計なことを知らなくていい』ってか! あんたも八木
さんも、人を何だと思ってんだよっ!」
麻生は渋面を崩さず、硬い声で言った。
「威勢がいいな。だがな、ただ元気なだけじゃ、奴らには通用しないぞ。奴らは……、正
真正銘の化け物だ」
それまで黙って晃たちのやり取りを聞いていた飯山が、やや不快気に顔を歪めた。
「化け物っていう喩えは、語弊があります。彼女たちは一応は人間です。ただ、特殊な使
命を与えられ、それに沿った訓練を受けているだけです」
「そう。ただし、薬漬けでな」
麻生は、灰色の外套の裾を翻すと、出口へと向かった。自分たちだけがわかっているよ
うな言い方に腹が立ち、晃は鋭く麻生を呼び止める。
「待てよ! 俺はまだ答を聞いてないっ!」
麻生が足を止める。振り返り、皮肉っぽく口の端を釣り上げた。
「君が、もしこの件に何としても関わらなければならない人間なら、奴らは必ず正体を明
かす。焦らなくても分かる」
そのまま出て行く灰色の外套の背中に向かって、晃は「なんだよ、それ? ふざけんな
!」と罵声を浴びせる。
「ちくしょう……!」ふて腐れて頭の後ろを乱暴に掻いた晃を見て、飯山が苦笑する。
「俺は、あの人となぞなぞ遊びがしたいわけじゃねえよ」
「麻生さんは、若い君を巻き込みたくないんですよ。自分が……、右腕を失うという苦い
経験をしているだけに」
晃は、はっとして、飯山の顔を見た。飯山は、色白の男前をほろ苦い表情に歪め、頷い
た。
「ええ、そうです。君を襲った例の女性たちと戦って、無くしたんです。あの時……。八
木さんが、全身血まみれの麻生さんを僕のところへ運んで来た時には、もう麻生さんの右
腕は千切れていました。皮一枚でぶら下がっている状態だった。八木さんが、傷口の上を
布できつく縛って止血していたので、麻生さんは一命を取り留めたんです」
「どうして……、あの女たちと戦うことに?」
晃の質問に、飯山は少し困ったように眉を寄せ、口元に指を当てる。
「そうですね……。麻生さんの想いを多少は無視することになりますけど、確かに君にも
知る権利はあります。お教えしましょう」
飯山は姿勢を正すと、まっすぐに晃の目を見た。
「ただし、これからお話しすることは、他言無用に願います。麻生さんの名誉にも関わり
ますし。いいですね」
真顔で念を押され、晃は内心どきりとしながら頷く。
「麻生さんが、例の女性たちと戦わねばならなくなった理由は、十二年前にあります。君
も覚えておられると思います。十二年前、レリア・Dーiウイルスが大流行し、十代の若
者を中心に、塔経市だけでも死者が二十万人も出ました」