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離れから母屋へ戻ると、晃は浅野の自室へと案内された。
十二畳ほどもある広い部屋は、入って右側の壁の全面が作り付けの本棚になっている。
左は音響機器とバルバットが六本、置かれていた。
浅野は扉と同じ壁面に接して置かれた長椅子を、晃に勧める。本棚の一角に設置された
家庭用システム・コンピュータの端末を操作し、浅野は学習型コンピュータに飲み物を出
すよう指示した。
「さっきのコリンの“あれ”なんだけど、実はここへ連れて来てすぐに、同じような質問
をした時、やっぱり、ああいう状態になったんだ」
浅野は晃の向かい側の丸椅子に腰を下ろした。
「分かってたんなら、言ってくれって」
晃は口を尖らせる。浅野は「いや、ごめん」と真顔で頭を下げた。
「でもまさか、あのタイミングで日野が質問するとは思わなかったからさ」
「店長に、聞いて来いって言われてたんだよ」
ブザーが鳴り、コンピュータが飲み物を届けたことを知らせる。部屋の扉を開けると、
自動ワゴンがコーヒーを二つ、載せて来ていた。
浅野はトレイごとコーヒーカップを持って来る。
塔経市では、コーヒーは貴重品である。南大陸の、僅かに残った農園で栽培された豆を
挽いて煎れ、フリーズドライ製法でインスタントの粉に加工する。世界でいくらも製造で
きないインスタントコーヒーを、塔経市では市直営の食品管理協会が輸入していた。
「つい昨日、父が買って来たんだ」
トレイを長椅子の前の木製の卓に載せ、浅野は晃にカップを手渡す。
嗅ぎ慣れないほろ苦さを含んだ複雑な香気に、晃は眉をひそめた。
「あれ、コーヒー嫌いだった?」
晃の表情に、浅野が心配そうに聞いた。
「いや。嗅いだことない匂いなんで……」
「日野って、そういう言い方が面白いよな」
浅野は自分の分のコーヒーを一口ごくんと飲み、くしゃりと顔を笑いに歪めた。
「在学中もさ、よく匂いがどうのって言ってたよな。高次コンピュータ科の教授はいつも
オイル臭いとか、第二大講堂の二百八番の席に座ると、少し雨漏りの匂いがするとか」
「そんなこと、言ってたっけ」
実際に臭いで悩まされたことは、晃には多々あった。どうも他人より嗅覚が鋭いようで、
ちょっとした臭気も我慢ならない時がある。
臭気だけではなく、嗅ぎ慣れない匂いも、どうしても気になって居たたまれない。